日没の時間が遅く、また日の沈む位置もかなり南になってきた。
このところは帰りのバスが橋を渡る頃がちょうど日没で、車窓から夕日がよく見える。 で、夕日を眺めながら 「今日は忙しかったなぁ…」 とか 「今日は暇だったなぁ…」 なんて思うのだ。 まあ、暇なんて滅多にないんだけどさ。
いや、データ採取のSQLが2時間ぐらい帰ってこなくて、実際は忙しいのに無理やり暇にさせられるとかは、割とよくあるな。 遅いと分かっていれば、或いはこれは遅いだろうと予感するときは、待ってる間に別の作業をする。 でもどれだけかかるか判らない場合は、とりあえず暫くはそのまま待つし。
ところで 「滅多」 について。
多くを滅ぼすを中国語的語順で書いて滅多。 今更だけど、なんかちょっと凄いよな。
「暇なんて滅多にない」 なんて簡単に言うけど、この 「滅多」 を文字通りに解釈するなら、体か心かを壊す人が続出してどんどん人がいなくなってしまう状況。 まさにデスマーチ。 ほぼ定時勤務の俺が軽々しく使う言葉じゃなさそうだ。
せっかく気になったのだから調べてみた。 OSXについてる国語辞典によると 「滅多」 は
「めた」「めたと」と同源。 「滅多」は当て字。
- 思慮のないさま。 いいかげんなさま。 下に打ち消しの語を伴って用いる。
- しきりにするさま。やたらに行うさま。
と書いてあった。 「滅多」 は当て字なんだそうだ。
ついでに同源という 「めた」 を見ると、
程度がはなはだしいさま。 めたと。 やたらに。 むやみに。
とあった。 「滅多」 が形容動詞で 「めた」 が副詞という違いはあるが、どちらも何かを強調する言葉。
これに滅多という字を当てた人は、何を考えてそうしたんだろう。 やっぱり 「多くの人が死んでしまうぐらいの」 とか考えたのだろうか。