俺は虫が好きな子供だったが、その好きな虫に、子供の頃は結構酷いことをした。 酷いってのは、大人になって随分経つ今の俺の基準であって、子供の頃の俺にとっては楽しいことだったんだけどさ。 「楽しい」 がいつ 「可哀想」 になったのか自分でもよく判らないが、そうした変化も大人になるってことなんだろうと思う。 ああ、それとは別の 「気持ち悪い」 に変わる道もあるな。 と言うか、むしろこっちの方が主流の大人なのかもしれない。
そんな世の中とは全く別の道を進んだ、或は全く進んでいない、ウィリアムズ博士の話。
4種類の実験
ウィリアムズ博士はサナギを半分に切って、サナギが傷ついた場合、どういう具合に変態に影響するかを調べた。 比較のため彼はまったく同じ年齢の4匹のサナギを使った。
- ①は完全なサナギである。
- ②は半分に切って、それぞれの断面にプラスティックをかぶせた。
- ③は切り離したサナギの前後を、プラスチック管で連結したもの。
- ④は前後を連結してあるが、管のなかには可動の球が入れてあり、両者の間に組織が移行しないようにしてある。
1カ月後の結果
1カ月後に実験は終わった。
- ①は普通に変態し、ガとなった。
- ②は前半の部分だけが変態し、後半部はそのままだった。
- ③は傷が回復し、ホルモンが流れるように管のなかに組織が橋渡しされて、前半部も後半部も変態を起こした
- ④は可動の球が組織の発達をさまたげて変態が起こらなかった。
このような実験結果からウィリアムズ博士は、サナギの傷は変態する前に、回復したにちがいないと結論をくだした。
死へのはばたき
実験の最高潮である死の飛行。 前とうしろの両部分とも変態した③のサナギは羽化してガとなり翅を広げて飛び出そうとした。 しかし、プラスティック管内で発達した弱い組織はすぐに切れ、ガは地に落ちて死んだ。
変態途中で邪魔したらどうなるか。 子供の頃に同じ疑問を持ったし、今でも興味はある。 だから、正直な話、この実験は面白いと思う。 実際に見てみたい。 でもそれ以上に可哀想に思ってしまうんだよな。
でも、目の前にウィリアムズ博士がいて、この実験をすると言ったら。 俺はたぶん止めない。 可哀想だとは思うが、それを口には出さず、実験の結果が出るまでちょくちょく見に行くんじゃないかと思う。
ウィリアムズ博士の実験をもう一つ。
サナギに隠された糸口
1942年、ハーバード大学の若い生物学者カロール・ウィリアムズ博士は、昆虫の変態の神秘を解きほぐす科学的探求への輝かしい第1歩を踏み出した。
セクロビアサンを使って研究をはじめたウィリアムズ博士は、やがて変態を指令するものが、この昆虫の頭の中にあることを発見した。 実験的にサナギを前後に切り離してみたところ、前半部だけが発達して半分のガができ、後半部はサナギのまま残ったのである。
博士はさらに研究をすすめて、変態を制御している物質は何なのかということを、発見しようとつとめた。 その実験例のいくつかが、ここにも示されているが、その実験によって、2つのたがいに関連したホルモン分泌の中心が、1つは脳に、他の1つは頭部に接近した胸のなかにあることがわかった。
さらに実験をすすめて、温度を高めると脳ホルモンの分泌がはじまって、休眠中のサナギの変態を起こすことも明らかになった。 その温度は、自然界でいえば、春の最初の暖かい日に当てはまるものだった。
ホルモンがない状態
ウィリアムズ博士は、イモムシがホルモンなしには成長できないことを証明するために、まず頭部と胸部のあいだを糸で堅くしばり、つぎに胸部を胴部のあいだをしばってみた。 イモムシはそのまま生き続けたが変態は起こらなかった。
脳ホルモンの分泌後
上の写真は、幼虫の脳ホルモンを分泌したが、胸部ホルモンはまだ分泌していないという状態で、同じところを堅くしばったもである。 そのため、胸部は変態をはじめたが、胴部はまだ刺激を受けないので、幼虫体のまま残っている。
胸部ホルモンの分泌
2つのホルモンが作用すると、完全に変態が起きる。 上の写真は頭部、胸部両ホルモンを分泌したあとでしばったものである。 その結果、まず脳ホルモンが胸部ホルモンを刺激し、つぎに胸部ホルモンが変態を導くことが明らかになった。
頭なしでも産卵するガ
頭がなくてもホルモンさえあれば、ガは成熟して卵を生む。 まずサナギの胴部を切り取り、脳ホルモン中心と胸部ホルモン中心を挿入し、その断面をプラスチックの薄い板でふたをしておくと、完全な機能をもった成虫の腹部に変態する。 この腹部だけの雌は、雄のガをひきつけるだけでなく、交尾して受精して卵を生むこともできるのである。
腹部だけの雌と交尾する雄も凄いと思ったが、考えてみれば人の雄も大して違いはないのか。 腹部だけの雌ではなくて、雌の腹部だけでもなくて、雌の性器だけの、しかも代替品と交尾する雄もいるし、むしろ蛾の雄よりも上かもしれない。 何が上なのか、言ってる俺にもよく判らないけどさ。 蛾の雄は、腹部だけの雌に何を思うのだろうか。 産む機械?
そうそう、もう随分前のことだが、昆虫が人間採集をする漫画を見たことがある。
ホテルに泊まりにきた客が次々と殺され、壁に大きな針でピン留めされていく。 犯人は、人間大に巨大化して知能も上がった昆虫。 人間が昆虫採集をするように、昆虫も人間採集をしていたのだった。
そんな話。 古過ぎて色々曖昧だが、絵柄も話も永井豪の雰囲気だったような気がする。
しかし、実際に昆虫が進化して人と同じぐらいの知能を持ったら、人間を絶対に許さないんじゃないだろうか。
こんな実験をするだけじゃなく、それを
輝かしい第1歩
なんて言ってしまってるし。
それはもう、黒人が白人を許さないように。
ユダヤ人がドイツ人を許さないように。
あ、いや、そうでもないのか。 明日いきなり進化するならそうかもしれないけど、そこそこの年月をかけて進化したのなら、今の昆虫と進化した昆虫は別物だもんな。 俺だって、或る日宇宙人が現れて 「10万年前に、お前らの先祖の猿みたいなのを毎日実験材料にしてたよ」 と言ってきても、きっと何とも思わないだろうし。