京王線の府中駅のすぐ近く、甲州街道にかかる陸橋には、スロープが設けてある。 やたらに曲がりくねって使いづらそうではあるが、それでも、見るからに車椅子用のスロープ。 そこに、ご丁寧に 「身障者用スロープ」 と書いたプレートが貼り付けてある。
例えば、車椅子に乗っている人がちょっときつい坂道で困っていたとする。 急いでいるわけでもないし、大した手間でもないし、ちょっと押してやろうかと思ったとする。 そのときに、 「障碍者には優しくしようと心懸けているのですが、押しましょうか?」 なんて言い方をするだろうか。 「身障者用スロープ」 というプレートには、これに通じるような響きを感じるのだよ。 まあそれでも、スロープも何も無いよりはましなのだろうが。
その陸橋を歩いているとき、中学生ぐらいの女の子二人とすれ違った。 その子たちの会話がちらっと聞こえた。
「あの人、妊娠して、堕ろしたんだって」
何年か前、友人から、金を貸してくれと頼まれたことがある。 16万。 「来月には返すから、理由は訊かないで貸してくれ」 と。
「1万2万なら黙って貸すけど、16万ってのは、訳も判らず貸すわけにはいかねーな」
なんて言ってるうちに、その来月まで待てない言いたくない理由に思い当たった。
「彼女が妊娠でもしたか?」
言葉を濁して、否定も肯定もしなかった。
結局、俺は16万を貸した。 翌月、2回に分けて返したいと言うのを、 「確かに一気に払うのはきついだろうが、そういう約束だろう」 と、1回で払わせた。
その後、そいつとは疎遠になって、今どこで何をしているのかも、16万の理由も、俺は知らない。