1999 02 03

中絶の1

京王線の府中駅のすぐ近く、甲州街道にかかる陸橋には、スロープが設けてある。 やたらに曲がりくねって使いづらそうではあるが、それでも、見るからに車椅子用のスロープ。 そこに、ご丁寧に 「身障者用スロープ」 と書いたプレートが貼り付けてある。

例えば、車椅子に乗っている人がちょっときつい坂道で困っていたとする。 急いでいるわけでもないし、大した手間でもないし、ちょっと押してやろうかと思ったとする。 そのときに、 「障碍者には優しくしようと心懸けているのですが、押しましょうか?」 なんて言い方をするだろうか。 「身障者用スロープ」 というプレートには、これに通じるような響きを感じるのだよ。 まあそれでも、スロープも何も無いよりはましなのだろうが。

その陸橋を歩いているとき、中学生ぐらいの女の子二人とすれ違った。 その子たちの会話がちらっと聞こえた。

「あの人、妊娠して、堕ろしたんだって」

何年か前、友人から、金を貸してくれと頼まれたことがある。 16万。 「来月には返すから、理由は訊かないで貸してくれ」 と。

「1万2万なら黙って貸すけど、16万ってのは、訳も判らず貸すわけにはいかねーな」

なんて言ってるうちに、その来月まで待てない言いたくない理由に思い当たった。

「彼女が妊娠でもしたか?」

言葉を濁して、否定も肯定もしなかった。

結局、俺は16万を貸した。 翌月、2回に分けて返したいと言うのを、 「確かに一気に払うのはきついだろうが、そういう約束だろう」 と、1回で払わせた。

その後、そいつとは疎遠になって、今どこで何をしているのかも、16万の理由も、俺は知らない。