月岡芳年

久し振りに原宿に行ったら、駅舎が新しくなっていた。 かつての面影はもうどこにもない。 今の時代にあの古い駅舎は貴重だと思っていたのだが、貴重ってだけじゃ不便や危険を乗り越えられないか。 人は無駄に多いし。
原宿で降りたのは、大田区記念美術館に行くため。 現在 月岡芳年 月百姿 を開催中。
展覧会の看板は月岡芳年だが、実際は弟子二人のシリーズ作品も併せての展示。 前期と後期で展示品を総入れ替えで、今日は後期の初日だそうだ。 折角だからシリーズ全作品を一度に見たかったが、場所が狭くて無理っぽい。
- 月百姿 / 月岡芳年
- 三十六佳撰 / 水野年方
- 撰雪六六談 / 新井芳宗
後期展示分はこれらシリーズ作品それぞれのほぼ半分だが、半分だけを見ても、師匠と弟子の方向性の違いみたいなものが判る。
月岡芳年に感じるのは、ある種の力強さ。 構図も、色も、印象付けたいものを前面に押し出すような構成になっていて、いかにも歌川国芳の系統の浮世絵師といった感じ。
水野年方は、全体的に一段抑えた感じ。 見た瞬間の印象よりも余韻を重視しているのだろうか。 未完成にも思える余白(?)を残していたりするのも、きっと狙いは同じ。
新井芳宗には、後の所謂新版画の萌芽を感じる。 分類すると浮世絵になるのだが、その枠から少しだけ外れた何かを。 川瀬巴水に至る流れは、きっとここから生じたのだ。
以下、印象に残っている作品。
- 名月や畳の上に松の影 其角
- はかなしや波の下にも入ぬべしつきの都の人や見るとて 有子
- 卒都婆の月
- 大物海上月 弁慶
- 姥捨月
- 茶の湯 宝永頃婦人
最後の一つが水野年方で、他は月岡芳年。
これは全体を通して、というか絵画全般で思うことだけど、当時の新鮮な色で見てみたいものだな。 色褪せたのも、それはそれで味があって良いのだけど。