旅路の風景

今日は東京富士美術館に行ってきた。 目的は 旅路の風景 - 北斎、広重、吉田博、川瀬巴水 だったが、 ユージン・スミス展西洋絵画 - ルネサンスから20世紀まで も展示中。 千円で色々観れてお得な感じ。

旅路の風景 - 北斎、広重、吉田博、川瀬巴水

葛飾北斎の富嶽三十六景。 歌川広重の東海道五十三次。 知らない人はいないであろうメジャーシリーズ。 他で見たものも多いのだが、旅路で目にする順に全点ずらっと並べてあるのが新鮮だった。

こうしてぎゅっと圧縮して見せられると、北斎と広重に結構な違いがあることに気付く。 北斎が人も含めて景色として見ているのに対して、広重は景色の中の人を見ているような。

いや、北斎と広重の違いではなく、シリーズの作風、もっと言うと注文の違いなのかも。 あれが当たったからこちらもって時に、同じ芸風じゃ飽きられるだろうし。 どちらも観光地のパンフレットだが、初めて行く人には北斎の方、何度目かの人には広重の方、と使い分けされてそう。

川瀬巴水は、技法的には浮世絵とそう変わらないはずだが、描かれる景色には西洋画の影響が強い。 強いのだが、しかしどう見ても日本画なんだよな。 イラストっぽくもある。

たくさんある展示品の中では、雪景色と夜の月が印象的だった。 どちらも好んで取り上げた題材のようで、長閑な昼の田舎みたいなのと比べると、気合の入り方があからさまに違う。

吉田博は、技法的には隔絶しているが、扱う題材にはどこか浮世絵からの流れがあるように見える。 今日の展示構成のせいかもしれないが。 本人がどう思っているのか、ちょっと気になるところ。

作品で印象に残っているのは水の表現か。 これを版画で? という驚きもあるが、そういった点を抜きにしても。 ジャンク船が浮かぶ海も良いが、夜の灯りを反射する堀の水も良かった。

ユージン・スミス展

名前は聞いたことがあるが、どんな写真を撮っているのかは全く知らなかった。 多分ここで同時開催されていなければ、知らないままだったと思う。

写真はモノクロばかりで、なんか意識高い系っぽい。 でもかっこいい。

なんだろうね。 なんか 「モノクロ写真なんて、誰が撮ってもカッコ良くなるだろ」 みたいな、変な対抗意識が湧いてくることもあるんだけど、今日見たのは素直に良いと思えたよ。

特に手を繋いだ子供の写真。 成程、パンフレットの表紙を飾るだけのことはあるな、なんて。 なんか微妙に上から目線だけど。

西洋絵画 - ルネサンスから20世紀まで

技法も感性も浮世絵とは全然違うので、描かれる絵も全然違うのだが、それはそれとして。

西洋画の展覧会を見に行っていつも疑問に思うのが額縁。 無駄にゴージャスでデコラティブな額縁は、一体何を狙ったものなのか。

納まる絵が肖像画ならまだ判る。 描かれた人の権威付けには良いよねって。 でも、長閑な田舎の景色が、キンキラキンの額に入ってたりするからね。 むしろこの派手な額縁を飾りたいから、なんか適当に絵を見繕ってきたんじゃないかって、そんなふうに見えてしまう。

まあ、時代的にも地理的にも、そしてきっと経済力でも、遠く離れたところにいるからね。 俺には理解できないのもしょうがないか。

写真

展示品全て写真撮影可という太っ腹な対応。 しかし薄暗い館内かつガラスケースの中ってことで、どうやっても照明や人影が映り込んでしまうのがもどかしい。 邪魔にならない範囲で色々試してみたが、結局どうにもならなかった。 偏光フィルターでもあれば、その辺り改善されるのだろうか。

彫り師の道具

浮世絵で彫り師が使う道具。 使われた結果に対して、少々大雑把に見える。

版木

そんな、少々大雑把に見える道具で作り出された版木。 これを作る方が、絵を描く何倍も大変そうな気がするよ。

顔料

絵師と刷り師が使う顔料。 綺麗。

人形

なかなか良い表情の人形。 磁器だろうか。 これだけ個室に展示されていた。

帰り道

八王子駅のホームで土下座している人がいた。

なぜここで土下座?

と思ったら倒れていたらしい。 通りかかった人に声をかけられて、ふらつきながら起き上がった姿がなんかコスプレっぽかった。

「大丈夫ですか? 頭痛くないですか?」

「痛いです」

なんて会話が聞こえたが、その後どうなったのかは知らない。

土下座の人とはきっと何の関係も無いが、俳優の渡辺裕之が死んだ。 自殺だそうだ。