自分との戦い

散歩していて見つけた蛾。 蛾だよな?
木の幹や枯れ葉の中にいれば見つけるのが難しいだろうが、青い草の上だとむしろ目立つ。 こいつは、今の自分の状況をどう考えているのか。
いやまあちゃんとハマる場所にいたところで、安心はできないだろうけどさ。
例えばこいつが木の幹に止まって、木に成り済ましていたとしよう。 そしてそこに蟷螂が近付いてきたとする。 そんな時…
あ、蟷螂だ。 でも大丈夫。 今の俺は木にしか見えないから。 ここに蛾がいるとは気付かないはず。 気付かないよな? うん、大丈夫。 きっと大丈夫。 でもなんか真っ直ぐこっちに近付いて来るんだけど。 本当に気付いてないのか? 気付いてないフリをして油断を誘ってるんじゃ…。 考えてみれば、あっちは狩のプロなんだよな。 隠れるプロと狩るプロが戦ったら、どっちが勝つのか。 こういうの矛盾って言うんだっけ。 いや、防御力ほぼ0を盾とは言わないか。 いやいやそんなことどうでもいいだろ。 そんなことより蟷螂との距離がちょっとヤバいんだけど。 今ならまだ飛べば逃げれそうだけど、それはそれで冒険なんだよな。 あいつら射程が意外に広い上に、瞬間的なスピードが洒落にならんし。 なんて迷ってる間にさらに近付いて来ちゃったよ。 逃げたい。 すごく逃げたい。 今すぐ飛んで逃げ出したい。 でもギリギリ捕まりそう。 いや、大丈夫。 飛ぶ必要なんて無い。 俺は木なのだから。 敵を騙すにはまず味方から。 そう、俺は木だ。 まず俺が、自分が木だと信じるんだ。 木だと信じ切ることができれば大丈夫。 あれ? これ信じていいんだっけ? 味方を騙しちゃ駄目な場面なような…。 しかも下手したら騙されているのが味方だけってことも…。 ってグズグズしているうちにさらに蟷螂さんがお近付きに! なんか左右にゆらゆら揺れてらっしゃる! って、なぜ敬語? 飲まれているのか? 食われる前に既に飲まれてるのか? いや違う、何か上手いこと言った気になったけど、そういうことじゃないから。 ちょっと落ち着こう。 冷静になれ。 それこそ木のように。 静かなること林の如し。 良し。 しかしあれだな。 冷静に見て蟷螂の何が嫌って、あの目だよな。 どこから見ても、どんな角度から見ても、なんか目があったような気になるあの目が。 今もそう。 目があってるような…。 いや、大丈夫。 そう見えるだけだから。 こちらを注視しているわけじゃないから。 いや、待てよ。 俺は光学迷彩に頼っているけど、あいつらが視覚に頼ってなかったら意味無いのでは? でも、じゃあ何で獲物を探知してるのだろうか。 音? は出してないから大丈夫。 蝉とか今も馬鹿みたいに鳴いてるけど、俺は至って静か。 熱? も大丈夫。 だって俺、変温動物だから。 体温ほぼ気温。 サーモグラフィーで見られても大丈夫。 プレデターでも気付かない。 あとは、匂い? あ、これは拙いかも。 フェロモンとか、ねえ。 あれ? フェロモンに反応してるってことは、ひょっとして 「食う」 もそっちの意味? 食欲じゃなくて性欲? って、近い近い更に近い! いつの間にこんな距離に! 飛んで逃げるならきっと今が決断の時。 これ以上近付かれると、飛んだ瞬間に捕まる。 でも捕まって食われるのがそっちの方向なら、ちょっと我慢するのもアリかも。 死ぬよりは…。 あれ? そういえば蟷螂って、やった後は食っちゃうんじゃなかったけ? やっぱり逃げるべき? このままここにいたら、まず性的に食われて、その後に餌的に食われてしまうかも。 踏んだり蹴ったり。 ってレベルじゃねーよ! だから近いって!
…なんて、見た目は木に成り済ましてピクリとも動かないのに、内心は凄いチキンレースが展開されてそうだよな。