毎年思うことなんだけど、もう12月なんだよなぁ。
高校を卒業してから数年もすると、高校野球にはほとんど関心が無くなった。 かつて自分が住んだ土地(山口,和歌山,広島)の代表がどこか、どこまで勝ち残ったか、ニュースでやっているのを見て 「ああそうか」 と思う程度。 でもそれは、逆に言うと、 「ああそうか」 と思う程度には残っているってこと。 どんどん薄くなるけど、でも0にはならないってのは、微分方程式で表現する問題だな。 入浴剤で白くした温泉に、溢れるのはそのままに湯を注ぎっぱなしにしたときの入浴剤の濃度変化とか。 創業以来ずっと注ぎ足しながら使っている秘伝のタレに含まれる、創業初日のタレの残留濃度変化とか。
そんな風にどんどん興味が薄くなって、それで改めて思い返してみるに、親はけっこう熱心に見ていたんだよな。 高校を卒業してからもう何十年も経っているのに、数年で関心が失せてしまった俺からすると信じられないくらいに熱心に。 それは、生まれたところで暮らし続けて、野球部のある高校に通ったから、そうなのかもしれない。 俺もそんな風に過ごしてきたら、そんな風になったんだろうか。 そもそも俺の中にあった興味も、まずは親が見ていたからってことで作られたんだろうしなぁ。 で、高校のときは、自分と同年代の連中がやっているってことで見ていて、だから卒業して地元を離れると、どんどん興味が失せていくのだな。
なんてことを、昨日の K-1 グランプリ決勝戦を見ながら思っていた。 このところの試合に何だか物足りない、今一つグッと来るものがないのは、かろうじて俺と同じ世代と言えなくもなかった草創期の選手の多くが姿を消してしまったからだろうか、なんて。 ま、もともと格闘技は好きなんだけど、思い入れのある選手がいるかどうかは、やっぱり大きいからね。 今やアーネスト・ホーストぐらいだもんな。 あとは出てきても、なんだかパッとしないし。 ピーター・アーツとか、武蔵とか。 武蔵がパッとしないのは今に始まったことじゃないか。 昨日の初戦は、俺にはレイ・セフォーが勝ったように見えたね。
明日からまた仕事。 今はそれほど忙しくはないんだけど、それは必要な機材が届かなくて作業が出来ないから。 つまり今の余裕は、確実に先の苦労につながっているのだな。 アリとキリギリスのキリギリスを無理やりやらされている状態。