1999 05 07

ただのデブなら殺す

現行システムから吸い上げたデータを、連休前にメールで送っておいてもらうはずだった。 ところが、相手担当者がメールアドレスを間違えたらしく、データは誰か別の渡邊さんに送られてしまっていたのだった。

昨日の午後にデータが再送されてきて、中身をちょっと確認して、新システムに取り込んだ。 本当ならその作業を午前中に終わらせて、午後から川崎にインストールしに行くはずだったのだが、そんな状況なので、川崎には今日行くことにしたのだった。

そして今日。 作業を終えて、会社に戻る電車でのことだ。 川崎は南武線の始発駅なのだが、南武線は利用客の割には運行間隔が長いので、タイミングが悪いと通勤時間帯でなくても座席がきっちり埋まってしまう。 俺が電車に乗ったとき、ちょうどそんな状況だった。

立ってる俺の目の前に、婆さんが座っていた。 婆さん、風呂敷包みの荷物を自分の横に置いて、二人分の席を確保していた。

「荷物をどけて下さい」

と言ったのだが、聞こえないのか聞こえない振りなのか、婆さんぴくりとも動かず、ドアの方を見つめていた。 耳が遠くなっているのだろうと好意的に解釈して、もう一度、はっきり判るように言ってみた。

「荷物をどけろよ」

婆さん、今度はちらっと俺の方を見たが、またすぐ視線をドアに戻してしまった。 荷物をどうにかする気配はまったくない。 今度また無視するようなら荷物を勝手に棚に上げちまうつもりで、もう一度言おうとした瞬間、婆さんが言った。

「よっちゃん、こっちこっち、ここに座りなさい」

振り向くと、婆さんの娘らしい妊婦が立っていた。

負けたと思った。