優しいほとけ・怖いほとけ

仏像を見ようと、 優しいほとけ・怖いほとけ を開催中の根津美術館に行ってきた。
仏像を見るつもりだったのだが、展示品のほとんどが仏画だった。 その仏画のほとんどが保存状態が悪くて、酷いのになると染みか絵かの判別も怪しかった。 もうちょっと何とかならないものか。
仏像は良かった。 良かったのだが、10軀ぐらいしかなかったんだよな。 奈良時代から江戸時代までと時代の幅はかなり広いのに10軀って、いくら何でも駆け足過ぎるだろ。 時代による変化。 各時代の傾向。 そういったものは今日の展示品からも見て取ることはできるのだが、何しろ数が少ない。 この展覧会だけ見た人には、時代の傾向ではなくその作品がたまたまそうだったって印象になるんじゃないのかね。
って、俺はいったい何を心配しているのか。
ところで展覧会のタイトルだが、
優しいほとけ・怖いほとけ
は
Merciful Bodhisattvas, Terrifying Deities
と英訳されていた。
日本語では優しいのも怖いのも
「ほとけ」
だが、英語では違う単語に。
- bodhisattva
-
(大乗仏教の)菩薩(ぼさつ)〘自らの悟りを求め, 衆生救済を目指す自利・利他の修行者〙.
- deity
-
- 神(god), 女神(goddess)
- ⦅かたく⦆ 〖the D-〗(一神教の)神, 創造主(God).
- 神格, 神位, 神性.
- 神のような存在の人[物].
MacBookの辞書で調べた結果がこれ。
英語の方は、優しく表現されるものと怖く表現されるものを、ちゃんと違うものとして表現しようとしているらしい。 英語のニュアンスは判らないが、辞書で調べた結果は、違いをそれなりに正しく表現しているように思える。 そこまでするのに、日本語の方はどうして両方 「ほとけ」 なのか。
今日の展示品の中では、怖い方の代表が 愛染明王坐像 なんだろう。 でもこれ、力作だとは思うが、怖さはあまり感じない。 俺が怖いと感じるのは、優しく表現されているはずの仏の方。 あの仏は、こちらを、まるで虫でも見ているような目で見ているからね。
まあ、悟った者にとっては人も虫も同じなんだろうけどさ。 人も虫も輪廻の一形態で、そこから抜け出すのが悟りの境地らしいし。
この日の同時開催は以下の通り。
- 仏教美術の魅力
- 古代中国の青銅器
- 鍋島の小品
- 納涼の茶
殷周時代の饕餮紋の青銅器はほぼ常設扱いのようだが、何度見ても良いね。
で、じっくり見てたら、繰り返される模様の中に一つだけ違うのがあることに気がついた。 丸の中に5個のお玉杓子のような陰陽模様のようなのがあるのが並ぶ中、一つだけ丸の中に4個しかなかった。 何か意味があって、わざわざ変えているのか。 単に間違ったのか。
そうそう、仏像を見ている時に、同じ展示室に母親と小さな男の子が入ってきたのだが、この子供がずっと泣き叫んでいた。 誇張じゃなく、本当に泣いて叫んでた。 何を言っているのかさっぱり判らないが、きっと何か訴えたいことがあるのだろう。 でも母親はほぼ無視。 しゃがみこんで泣き叫ぶのに構わず歩いていき、子供が離れていく母親を追いかけて、追いついたらまたしゃがんで泣き叫んで… の繰り返し。 煩い。
当然、学芸員が声をかけるのだが、母親は 「大丈夫です」 と返すだけ。 俺が見ている範囲で3回ぐらい、同じ受け答えをしていた。
お前は大丈夫かもしれないが、他の人が大丈夫じゃないんだよ。