とうとう抜歯の日。 午後から半休をとって、市民病院に行ってきた。
受付を済ませて、歯科診療室の前で呼ばれるのを待つ。 ここは、午後は予約診療のみ、しかも診療は他病院からの紹介か福祉系の人限定なので、待ってる人は俺の他には婆さんが一人だけ。 当然、呼ばれるのも速い。 まあ、そのための予約なんだが、心の準備がね。
医者は、これまで見たことの無い爺さん。 カルテとレントゲン写真を数秒さらっと眺めると、 「右下ですね」 とボソッと呟いて、すぐに椅子を倒したのだった。
三角形の穴が空いた緑色の布を、口と鼻を出すようにして顔にかけられた。 麻酔を数本、かなり奥まで針を刺して打たれた。 で、しばらく放置されて、麻酔が効いてきたところで手術が始まるのだが…
これがもうサウンド・ホラー。 視界を奪われた中、音だけが聞こえてくる恐怖の時間。
プツッ
コリコリ
バキッ
ゴッ
ゴッ
バキッ
コリコリ
チュイイィィィィィィ…
ギャギャギャ
バキッ
コリコリ
なんて感じで、引っ掻いたり砕いたりする音が、空気ではなく骨を通して伝わってくるのだ。
それだけでも十分な恐怖なのに、この医者、途中で あれ? なんて言いやがった。 その他にも、 「ふんっ!」 と力を入れて何かやっては、 「あー、まだか」 とか 「これは…」 とか、不安をかき立てるような呟きを挟む。 俺の口の中で、いったい何が起こっているのか。
ま、それでも何とか手術は進んで、およそ30分程で終わったのだった。 手術と言うか、あれはもう工事だな。
医者によると、親知らずの根が予想外に丈夫だったためにそのままでは抜けず、幾つかに砕いてようやく抜けたのだそうだ。 トレイの上にあった4つの欠片を、こんな風になってたんですよと組み立てて見せてくれた。
「この歯、どうします? 持って帰りますか?」
「いりません」
その後、左下の親知らずも抜くことを勧められたが、急を要するような状態ではないとのことなので、そっちはまたの機会にと断って帰ってきた。
疲れた。
職場から病院に歩いて行く途中、ジュースでも買おうかと自販機を見たら、こんなジュースを売っていた。 これ、ターゲットは子供じゃなくておっさんなんだろう。 子供の頃にこれらを見て育ったおっさん。 売る側もそう。 その世代のおっさんが、今ちょうど商品企画を通せる位置に立ってるんだろうな。