先日、国際貿易センタービルの地下レストラン街にあるトンカツ屋で、ちょっと早い昼飯を食っていたときのこと。
この店は、外国人店員が多い。 見える範囲では、フロア係の女性3人のうち2人がそうだ。 東南アジア系。 たどたどしい日本語で客に対応している。 俺の席からはよく見えないが、厨房にもいるらしい。 暇を見つけては、何やら楽しそうに話している。 集団でやってきたのかもしれないな。
フロア係唯一の日本人である50歳ぐらいのおばさんが、店の入り口、レジの横に弁当を並べ始めた。 主力は、一口カツ弁当。 人気商品らしい。 レジに店長らしい白髪頭のじいさんが来た。
「終わった?」
「はい。 あ、さっき、斎藤さん(仮名)が通りましたよ」
「あ、そう。 ちゃんと挨拶した?」
「はい」
「本当? 全然聞こえなかったけど」
「でも、ちゃんとしました」
「ここって、店の中じゃない。 随分遠くからするんだね」
「入り口のすぐそばだから、遠くじゃありません」
「でも、店の中からでしょ。 聞こえなかったんじゃない?」
「聞こえるように言いましたっ! 『おはようございます』って、ちゃんと言いましたっ!」
「そう?」
「そうですっ! 私はちゃんとしましたっ!」
逆切れ状態のおばさんだが、実は挨拶どころか一言も発していない。 まるっきり嘘だ。
そのすぐ後。 おばさんが、レジにじいさんを呼んだ。
「すいません、ちょっと」
「なに?」
「あの人にちょっと注意してもらえませんか?」
「何を?」
「荒っぽいんですよ、湯飲みを洗うのが。 いっぱいひびが入ってるんですから」
「そうかな。 そんなに荒っぽいとも思えないけど」
「すごいガチャガチャやってるんですよ。 どれも皆お茶が漏れるんですから」
「そうかなぁ」
「そうですっ! 一つ残らずひびが入ってるんですから、注意してくださいっ!」
少なくとも、俺のもとにある湯飲みには、ひびは入っていなかった。 俺の向かいの人の湯飲みも、その向こうのテーブルにあった2つも。
絶対に謝らない人 がいるが、このおばさんがまさにそうだ。
何か言われたとき、相手が自分よりも上の立場だったら、他に攻撃対象を作り出す。 「そんなことよりも、湯飲みの扱いが悪いから注意してください」 と。 相手が自分よりも下の立場だったら、逆に相手を攻撃する。 「そんなことよりも、名札をちゃんとつけなさい」 なんて言うんだろう。 「人のことをどうこう言えるレベルじゃないでしょ」 なんて。
嘘を吐く。 どうでもいい些細なことで嘘を吐いて、引っ込みがつかなくなる。 矛盾を指摘されて追い詰められると、 「そんなに私が嫌いなんですか!」 と見当違いに切れる。
自分が悪いのは自分でも判っていて、少し時間を置いてから関係を修復しにかかる。 もちろん、素直に謝ることはできなくて、 「私もちょっと言い過ぎたけど」 なんて、悪いのは自分だけじゃないような言い方をする。 それでも、そう言えるだけまだいい方だ。 この手の人の関係修復の手段は、たいていの場合、 「すりより」 だ。 その前のことなど何も無かったような笑顔で、 「さっきのトンカツは、店長が揚げたんですか? お客さん、すごく美味しかったって言ってましたよ」 などと、持ち上げてみたりするのだ。
あのおばさんの場合、店の中に話し相手になる人がいない孤独感もあるのかもしれないな。 普通なら仲間になるはずのフロア係の女性は、全く世代の違う若い外国人で、外国人同士で固まっているから。 きっと 「他の子は外国人だからってだけで甘やかされて、面倒なことは何でも私ばっかりやらされる。 文句をいわれるのも私ばっかり」 などと思っているのだ。
そんなことを考えて、ニヤつきそうになるのを抑えながら、トンカツを食っていたのだった。