2005 02 13

葬式

叔父が死んだ。 今日はその葬儀。 広島出張は月曜日に移動を予定していたのだが、昨日の夕方に父から電話があって、今日の朝に移動することにしたのだった。

喪主である3歳上の親戚に久しぶりに会ったのだが、懐かしさよりも、年を取ったことへの驚きの方が大きかった。 通夜や葬式の疲れもあるのだろうが、それを割り引いても、随分と老けて見えた。 ま、もう10年ぐらい会ってないのだから当然なのだが。 あ、いや、考えてみれば、他のもっと年の離れた親戚には、老けたことで吃驚したりはしなかったな。 驚きは変化の割合に比例するってことか。 60が70になる17%の変化よりは、30が40になる33%の変化の方により驚くのだな。 或いは、 「自分と同じぐらい」 と認識していた人が老けて見えることを、自分も他人から見ればこんな風に老けて見えるのだと(無意識のうちに)繋げてしまって、だから同じぐらいの年齢の人の老けた事に余計に吃驚してしまうとか。

10年前に会ったときには赤ん坊だった彼の娘が、今では11歳。 顔が父親にそっくりになっていた。 周りからは一卵性親子などと言われるんだそうだ。 10年前には影も形も無かった下の男の子が9歳。 こっちは露骨に母親似。 どうせなら、けっこう美人の母親に娘が、若い頃はむちゃくちゃモテていた父親に息子が、それぞれ似ればよかったのに。 ってのは大きなお世話か。 初対面だというのに、何故かこの男の子に好かれて、ずっと付き纏われていた。 飛びつかれたり、ぶら下がられたり。 遊んでくれそうに見えたんだろうか。

遺骨を拾うってのを物凄く久しぶりにやったのだが、印象に残ったのは、遺骨よりも職員の態度の方だったな。 葬儀場の職員ってのは、上っ面だけでも沈んで見せるものだと思っていたのだが、全然違った。 何だかとってもリラックスした、むしろ明るくさばさばした感じで、 「これが後頭部です。 大きいので砕きますね」 などと、大きな骨を次々と砕いていた。 「この男は、風俗嬢が男を一本二本と数えるのと同じような感覚で、骨を数えるんだろうなぁ」 なんて思いながら見ていた。

広島は予想外に寒い。 風邪を引きそう。