同じような夢を何度も見るのは、何かが起きる予兆。 と、物語ならそうなるのだが、現実は、心に抱え込んでいる何かがいつまでたってもそのままってことなのだろう。 俺の心に何が蟠っているのか自分でもよく判らないが、同じような夢を二日続けて見た。
足取り軽く階段を駆け上がり、ポケットから鍵を取り出したところで、夕焼けがものすごく綺麗なことに気が付いた。 すぐに家の中に入ってしまうのがもったいないくらい。 そのまま手すりにもたれて、だんだん沈んでいく夕日を見ていた。
どのくらいの時間そうしていたのか、気が付くと既に夜。
見下ろした向かいのアパートは、何時ものことだが、布団と洗濯物を干しっ放し。 はたはたと、その洗濯物が風にはためく音がする。 そんな音がここまで聞こえてくるのは、周りが静かになったからだろう。 そう思って耳を澄ますと、すぐそばの道路をひっきりなしに通っているはずの車の音がしない。 どうやらもう深夜らしい。
気のせいか、向かいのアパートがいつもより近く感じられた。 ひょいと跳び越せそうな距離。 それで、手すりに上って、飛んでみた。
あっさり跳び越せた。 「ああ、そうか」 と、何だか納得した。 何がそうなのか上手く言えないが、そういうことなのだ。
ちょっと嬉しくなって、今度はアパートの屋上から、隣のスーパーに跳んだ。 スーパーの看板から駐車場に飛び降り、駐車場を2歩で駈け抜け、小川を跳び越えて団地へ。 一跳びで4階のベランダ、その手すりを蹴って向いの棟の6階、さらにそこを蹴って一気に屋上。 各棟の屋上から屋上へと跳び、河原に飛び降りて、川を向こう岸まで一跳び。 跳ぶ程に楽しくなってきて、さらにあっちこっち跳び回った。
散々跳び回って家に帰ってくると、ドアの前に人が立っていた。 背の高い女。 堅苦しい感じのスーツ。 灯りを背に立っているため、顔はよく判らない。
「誰?」
「跳ぶのは楽しい?」
俺の質問を無視して、女が訊いた。 聞いたことのある声だと思ったが、どこで聞いたのか思い出せない。
「ああ、楽しいよ。 跳べば跳ぶ程楽しくなる」
「怖くはない?」
「怖いときもある。 高く跳び過ぎたときの、落下に変わる瞬間がね。 ちょっと怖いときがある」
「そう… 正直なのね」
「そう、正直なんだよ」
女がふふふと小さく笑った。
2回目。 やはり散々跳び回って、最後がちょっと違う。
散々跳び回って家に帰ってくると、ドアの前に女が立っていた。 やはり灯りを背に立っていて、顔はよく判らない。
「私は何?」
と女が訊いた。
「跳ぶ男は知っているのよ。 私は何?」
「楽器だよ」
「楽器?」
「そう、楽器。 俺が奏でると、きっといい音をだす」
「… 私は楽器… いい音を出す楽器…」
俺の言葉を反芻しているのを見て、この女は可愛いと思った。
1回目も2回目も、この後があるはずなのだが、むにゃむにゃではっきりしない。 それにしても、何でこんな夢を見たんだか。