髪を切る・切らせる
久し振りにゆっくりできる土曜日。 いい天気。 伸び放題に伸びた髪を切りに行ってきた。
一通り切った頃、男の子を二人連れた母親が入ってきた。 その店には馴染みの母子らしい。 「今日はどうする?」 と訊かれた上の子は、 「ぼく、いつもと同じ」 と答えて、空いている椅子に座ろうとした。
で、ちょっと気になったのは、店員が同じことを母親に訊いたときのこと。 「いつもと同じにしますか?」 と聞かれた母親は、 「もう暑いくらいだし、ちょっと短くしてください」 と答え、さらに子供に向かって言った。
「短いのも好きよね?」
子供は、ちょっと考えた後、 「ぼく…いつもの方がいい」 と、浮かない様子で言っていた。
自分が着せたい服を着せて 「子供が欲しがっていたから。 こういうのが好きよね?」 と、自分が見たい映画に行くのに子供を連れて 「子供が見たがっていたから。 この映画、見たかったのよね?」 と、自分の意見や好みを、まるで子供の選択に従ったように話す人がいる。 この母親もそうなのだろう。 他人のことだし、どうでもいいと言えば全くどうでもいいのだが、そういうのを見る度に引っ掛かりを感じるのだな。 親の意見がもっともかどうかじゃなくて、その表現方法がね。 押し付けなら押し付けではっきり言えばいいものを、何でこんな言い方をするんだろう。
店の外に出たら、雨が降っていた。

いかにも実をつけそうな雰囲気。

蒲公英。
周りに低い草しか生えていないときは、自分も地面に近い低い位置で花を咲かせる。 しかし周りに草が生い茂っていたりすると、それらの上に出るまで茎を伸ばす。 会社の近くでは、躑躅の植え込みから顔を出しているものがある。 茎の長さは70cm近くになるだろうか。
光か風が十分に当るまで伸びる仕組みになっているのだろうが、いったいどこまで伸びるのか、ちょっと確かめてみたい気もするな。
まあしかし、伸びなくてもいいところでは全く伸びないという姿勢は、なかなか好感が持てるではないか。