最後の浮世絵師
八王子市夢美術館に行ってきた。 都心の美術館や博物館は道中も館内も感染が心配だが、ここならそんな心配は不要。 現在 最後の浮世絵師 月岡芳年展 を開催中。
館内はそう広くないのだが、展示品はそこそこ多い。 展示はジャンル毎。
- 芳年の壮 芳年の武者絵
- 芳年の想 芳年の歴史画
- 続物の妙
- 芳年の妖と艶
- 報道
- 月百姿
章立てが仕事の幅広さを示す構成だが、各章内もそこを意識しているように見える。 これまで浮世絵然とした浮世絵ばかり見てきたので、報道はなかなか新鮮だった。
浮世絵らしい美人画も多かった。 西洋絵画風の物もあったが、本人的に納得いかなかったのか、商業的にうまくいかなかったのか、数は少ない。 展示品が少ないだけなのかもしれないが。
型に嵌まったものが多い女の絵に対して、男の絵は自由。 そして躍動感がある。 歌舞伎での男女の演じ分けとも通じるのは、記号的な男女差、共通認識みたいなものがあったのだろうか。
女でも老婆だと躍動感が出てくるのが面白い。 婆さんは女じゃないってのも共通認識か。 と思ったが、動きの激しい婆さんは妖怪の並びだったような…。 動けないはずの老婆が激しく動くことが、怖さの表現の一つなのかもしれない。
以下、印象に残っているもの。
- 一魁随筆 山姥 怪童丸
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構図も顔も西洋絵画の聖母子像を意識したように見える。 この方向をもっと突き詰めた先を見てみたい。
- 新形三十六怪撰 老婆鬼腕を持去る図
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躍動感溢れる老婆。 実は老婆に化けた鬼。 脱ぎ捨てられつつある女の着物だけ描写が細かいのが良い。
- 新形三十六怪撰 ほたむとうろう
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新三郎に恋した末に焦がれ死んだお露と、お露の後を追って死んだ下女お米。 死んだはずの二人が新三郎のもとに通う姿なのだが、幽霊っぽさは微塵も無い。
お米が楽しそうなのは、お露と共にありたいという思いを遂げているからだろうか。
- 新形三十六怪撰 二十四孝狐火之図
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色鮮やか。
- 新形三十六怪撰 葛の葉きつね 童子にわかるるの図
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葛の葉は、何を思って女に化け、子まで産んだのだろうか。
一説には、狐は人を堕落させるために、その人の理想の姿に化けるとか。 理想の姿でなら化かされてみたいが、もうそこそこ堕落してる俺のところに狐は来ない気がするよ。
- 新形三十六怪撰 清姫日高川に蛇体と成る図
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説明文に
其半身は蛇躰と変じなんなく河を泳越せし
とあることから、蛇に変じたのはきっと下半身だろう。パンツなら脱がなきゃいけないが、腰巻なら蛇になる時に邪魔にならない。 西洋で蛇になる話をあまり聞かないのは、下着の文化の違いなのかもしれないな。
- 月の百姿 姥捨月
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解説文中の
複雑な青年の心境とは裏腹に月の光は優しい
が心に残っている。

京王八王子駅から美術館に行く途中にある、横山二丁目商店街。 あまり繁盛しているようには見えないが、この幟は良い感じ。