何を信じるのか
東京都現代美術館に行ってきた。 新聞に広告が載っていた 「Space for your future - アートとデザインの遺伝子を組み替える」 が、何となく面白そうだったから。 正確には、広告にあった巨大な風船が面白そうだったから。
大きな風船は、実際に見てみると今一つだった。 展示している場所のせいで、せっかくの鏡面仕上げが生かされていないような気がする。 って、そりゃ俺の好みか。 以下、俺の好みついでに、印象に残った奴をいくつか。
- フェーズ
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暗室の中、立ちこめた霧に浮かび上がる光の帯。 これは綺麗で良かった。
- フィトヒューマノイド
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大きな風船と並んで、行く前から気になっていたのがこれ。 カナブンのような着包みの、たぶん椅子。 しかし、最終日に見たそれはすっかり汚れてくたびれて、着る(座る)のは遠慮したい状態だった。 残念。
- air relation
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太古の空気、愛の空気、後一つは何だったかな。 透明なガラスケースの中で、これらの空気を体感するもの。 自分が中に入るより、中に人が入っているのを外から見るのがいい感じ。
だいたいこんなところかな。 あとは、現代アートにありがちな、何か新しいものを求めて迷走している(ように見える)ものがほとんど。 って、偉そうだな、俺。
常設展では、笑い卵(作品名も作者も忘れた)が印象的だった。 開いた小型スーツケースの端っこに 「のっぺらぼう」 の頭部を持つ人形を座らせ、ひたすら笑い続ける人の顔の映像をその頭部に投影してあるもの。 敢えて言うなら、バカ・シュール。 連れのお嬢さんがこれに大うけで、人形が笑い出すたびに 「あははは」 と一緒に笑ってた。
一通り見終わって、外に出て一休みしていたときのこと。 パンフレットの説明を読み返していて、気になる記述を見つけた。
三方の壁に花柄模様が鉛筆で繊細に描き込まれ、奥の一面のみ鮮やかに彩色されている。 よく見ると中央にカンヴァス絵画がかかっており、絵画面の模様は壁面と連続している。
これは、Michael Lin の作品解説の一部。 気になったのは、この解説文を、俺が自分の目で見て認識していたものと違うように解釈してしまったから。
この解説にある 「中央にかかっているカンヴァス絵画」 は、 「奥の一面にある鮮やかに彩色されている部分」 を指している。 実際の作品も、その通りになっている。 当たり前だけど。
俺も、実際に作品を見たときには同じように認識していた。 でも、この解説文を 「鮮やかに彩色されている部分の中央に、よく見ないと判らないように、一回り小さなカンヴァス絵画がかかっている」 と解釈し、 「一枚絵と思っていた彩色部分が実は二重構造で、俺はそれを見落としていた」 と思ったのだな。 そして、
「一面だけ色が付いてた花柄の部屋、覚えてる?」
「うん」
「あれ、中央にもう一つ絵がかかってるんだって、気付いた?」
「気付いてたよ。 色が付いてたところでしょ? 段差になってた」
「いや、だからその色付きの部分の中央に。 ほら、これ」
「そうなの? 『よく見ると中央に…』って、これが色付きの部分でしょ?」
「じゃなくて、その色付きの部分の中央に、更に別の絵があるってことなんだけど」
「えー、違うでしょ」
「じゃあ、確かめてみる? って、もう出ちゃったから、受付に訊いてみる?」
「いいよ。 じゃあ、私の言う通りだったら、銀座高島屋でお買い物ね」
「銀座って、じゃあ、俺の言う通りだったら?」
「んー… ビッグカメラでお買い物?」
「うん、まあ、それでいいや。 じゃあ行ってみようか」
連れのお嬢さんとそんなやり取り。 わざわざ受付まで確認に戻り、俺が間違っているということが判明したのだった。
帰りの電車の中、暇つぶしにパンフレットを広げながら、さっきの間違いについて考えていた。 文の解釈を間違えるのは、まあ、よくあることだ。 それはどうでもいい。 面白いのは、俺が、自分の目をあまり信用していないらしいってこと。 俺は、自分の目で見たにもかかわらず、それによる認識を捨てて、解説文の解釈を採用しているのだ。 逆に、解説文の解釈、解説文から脳内で構築した(感覚的・経験的では無いという意味での)論理的認識は、けっこう信用しているのだなそして見落としたかもしれない可能性を受け入れる。 って、そんな大げさに言うことでも無いんだけどさ。 俺って、結構騙され易いタイプなのかもしれないな。
しかし、銀座か…

ビルの上にルービック・キューブ。 太陽光発電?

都立木場公園に架かる吊橋。 橋は大きいが、橋の必要性は小さいような気がするな。 なんて思いながら、やっぱり渡るのが橋。

東京都現代美術館地下1階。

手を繋いでると、相手が転んだときに、私まで引っ張られて転ぶかもしれないでしょ? だから私は腕を組むの。 腕だったら、相手が転んだときにはさっと離せるし、自分が転んだときにはぐっと掴めるし。
暗い中にぽつんと光っているのを見ていて、そんな台詞を思い出した。

「明日の神話」 と題された壁画。 岡本太郎の作品。 描いた後で30年以上放置され、ぼろぼろになっていたのを、復元したものらしい。
常設展の側で唯一撮影が許可される作品。 これだけが撮影可能なのは、正面からだと一度に作品全体を写すことが出来ないからだろうか。