深夜。 窓のすぐ下から、怒鳴り声が聞こえてきた。 だいぶ酒が入った感じの、しゃがれた男の声。 何だろう? と、窓をあけて覗いてみたちょうどそのとき、爺さんが婆さんを蹴飛ばした。 爺さんも、婆さんも、頭はすっかり白髪。 70歳ぐらいだろうか。 蹴飛ばしたというが、そこは年寄りの動き。 正確には 「足で押した」 という程度。 それでも婆さんは仰向けに転び、転んだままで猛然と罵声を浴びせ始めた。 婆さんも、酒のせいなのか、怒りのせいなのか、ろれつが回らない。
「あんたぁ! いっつも、うらんにゃが…(意味不明)…」
爺さんは爺さんで、やっぱり怒鳴る。
「うっさいんじゃ! おまえがあらなら…(意味不明)…」
爺さん、転んだままの婆さんをまた蹴ると、
「馬鹿が!はよ来い」
と言って、ふらふらと歩き出した。 言われた婆さんも、立ち上がると、爺さんを罵りながらついて歩き始めた。
どうやら夫婦らしい。 二人して呑んだ帰り、たぶん些細なことで喧嘩になったのだろう。 それが、酔いのせいでエスカレートした、と。
些細なことが些細な喧嘩ですまないのは、いろいろ心に溜め込んでいることがあるからだ。 それが、酔って脆くなった自制心を突き崩して、溢れ出てくるのだ。 けれども、酔った上での発散は、実際には何も発散されずに、二日酔いの頭痛を残すのみ。 明日からまた、どろどろの沈殿を溜め込む毎日を過ごすのだ。 あの二人にも、かつては相手の全てがよく見え、惹かれた時があったのだろう。 その思い出がまた、今の無惨を際立たせ、さらにまだ下るのみの絶望を予感させるのだ。
と、遠ざかる罵声を聞きながら、勝手なことを想像していた。
テレビは、空爆されるイラクの映像。