2003 03 21

壊れていく

深夜。 窓のすぐ下から、怒鳴り声が聞こえてきた。 だいぶ酒が入った感じの、しゃがれた男の声。 何だろう? と、窓をあけて覗いてみたちょうどそのとき、爺さんが婆さんを蹴飛ばした。 爺さんも、婆さんも、頭はすっかり白髪。 70歳ぐらいだろうか。 蹴飛ばしたというが、そこは年寄りの動き。 正確には 「足で押した」 という程度。 それでも婆さんは仰向けに転び、転んだままで猛然と罵声を浴びせ始めた。 婆さんも、酒のせいなのか、怒りのせいなのか、ろれつが回らない。

「あんたぁ! いっつも、うらんにゃが…(意味不明)…」

爺さんは爺さんで、やっぱり怒鳴る。

「うっさいんじゃ! おまえがあらなら…(意味不明)…」

爺さん、転んだままの婆さんをまた蹴ると、

「馬鹿が!はよ来い」

と言って、ふらふらと歩き出した。 言われた婆さんも、立ち上がると、爺さんを罵りながらついて歩き始めた。

どうやら夫婦らしい。 二人して呑んだ帰り、たぶん些細なことで喧嘩になったのだろう。 それが、酔いのせいでエスカレートした、と。

些細なことが些細な喧嘩ですまないのは、いろいろ心に溜め込んでいることがあるからだ。 それが、酔って脆くなった自制心を突き崩して、溢れ出てくるのだ。 けれども、酔った上での発散は、実際には何も発散されずに、二日酔いの頭痛を残すのみ。 明日からまた、どろどろの沈殿を溜め込む毎日を過ごすのだ。 あの二人にも、かつては相手の全てがよく見え、惹かれた時があったのだろう。 その思い出がまた、今の無惨を際立たせ、さらにまだ下るのみの絶望を予感させるのだ。

と、遠ざかる罵声を聞きながら、勝手なことを想像していた。

テレビは、空爆されるイラクの映像。