高幡不動の紅葉。
ちょっと大きな寺社仏閣に行くと、割と熱心に祈っている人を見かけることがある。 場所が場所だけに年寄りが多いが、いや、このところ母集団の平均年齢も上がっているので、割合から行ったらむしろ減少しているのかもしれないのか。 まあどっちでもいいけど、俺の中では年寄りが多い印象だったのだが、この頃は若い人にもいるんだよな。 長時間手を合わせている人が。
高幡不動の場合は、裏山含めて八十八箇所巡りの地蔵があるのだが、それらを巡って一つ一つ手を合わせているらしい人を見かけることもある。 これまた、昔は年寄りばかりだったのが、ここ数年で若い人を見かけることも増えてきたように思う。
彼ら彼女らが何を思って祈っているのか、俺はもちろん知らない。 何か深刻な事情があるのかもしれないし、場の空気を楽しんでいるだけかもしれない。
しかし、彼ら彼女らの祈りが信仰というシステムでどう扱われるかは知っている。
信仰システムの中核は、祈りプールと願い事キュー。 これを捌く処理の中で御利益が発動する。
信仰の対象となる神様は、それぞれに祈りプールを持っている。
祈りプールとは、一種のエネルギーの貯蔵庫。 人に祈られることで祈りのエネルギーが貯まっていく。 参拝客が多ければ早く貯まる。 強く祈れば早く貯まる。 基本的に量であり、何を、誰が、どうして、といった質や指向性は関係しない。
信仰の対象となる神様は、それぞれに願い事キューを持っている。
キューは先入先出(FIFO)のデータ構造。 参拝時に参拝者の願い事がキューに登録される。
神様は、自分の願い事キューに願い事が登録されているか確認する。
登録されていなければ、登録されるのを待つ。 ちょっと息抜き。
登録されていれば、願い事を一つ取り出す。 キューなので、取り出されるのは最も古い願い。
願い事を取り出したら、その願い事を叶えるのに必要なエネルギーが、自分の祈りプールに貯まっているか確認する。
貯まっていなければ、溜まるのを待つ。 またちょっと息抜き。
貯まっていれば、願いを叶える。 これが御利益。 祈りプールのエネルギーは、叶えた願いの分だけ減る。
願いを叶えたら、願い事キューの確認に戻る。
信仰の対象の代表として神様としているが、信仰の形態は文化圏によって多種多様。 日本なら、神様とほぼ同格に仏様が、更には古い建物や道具や石でも、このシステムを持ってる場合がある。
なんでそんなことを知っているのかというと、夢の中で呼ばれてシステムのメンテナンスをしたから。
学問の神様のところで処理遅延が頻繁に発生するということで呼び出されて、調べてみたら、学問の神様なのに縁結びとかの専門外の願い事がいっぱい来てて、それらが遅延を引き起こしているようだった。
「縁結びとか、無理…」
すっごい美神の学問の神様が涙目でそう言うんだから、何が何でも対応せざるを得ない。
幸い近所に縁結びの神様がいて、そっちはそっちで専門外の学業成就とかで苦労しているということだったので、願い事キューへの登録前にフィルタリングして、縁結びと学問とを互いの願い事キューに振り替えて登録するようにした。 また祈りプールも、前年度に融通した願い事の割合に応じて共有できるようにしてみた。 ちなみに縁結びの神様は太ったおっさんだった。
「後は御利益処理のプロセスを再起動するだけです。 しかし、大昔から続いている割に、システム構成は結構シンプルなんですね」
「逆だよ。 大昔に作ったからシンプルなんだよ。 昔は願い事もシンプルだったし」
「なるほど。 しかし、こんなシステムだって知っちゃうと、誰かに話したくなりますね」
「別にいいよー」
「え、いいんですか?」
「だって、知ったところでどうなるものでもないし」
「まあ確かに」
「ところで、今もう登録されているキューの中の願い事はそのままなの?」
「あー、そっちはちょっと手が出せないんですよ」
「そうなの?」
「キューに入る前は人の世なんで手が出せるんですけど、キューに入ったらもう神様じゃないと扱えないんです」
「そうなんだ…じゃあまた縁結び…」
「あ、いや、でもきっと後ちょっとだけですから」
「本当に?」
「多分…」
「うん、でも、これから増えることはないんだよね。 じゃあ後ちょっとだけ頑張る」
そう言って拳をぐっと握っている神様が可愛いと思ったあたりで目が覚めた。
まあ、何と言うか、真剣に祈っている参拝客には申し訳ない。