1998 10 29

嫌な奴の夢

高校生の頃、夢の中でよく同じ街に行った。 行ったというのは、正確じゃないな。 夢の中の俺は、その街で暮らしていたのだ。 現実の世界の、それまで暮らしたどの街にも少し似ている、どの街とも少し違う、海沿いの街。 目が覚めたとき、その夢の街での生活がとても鮮明で、 「いったいどっちが本当の現実なのか?」 と考えてしまうことがよくあった。 どっちが本当の現実かなんて、何の意味もないのだが。

そのころ見た夢で、目が覚めてからも割と鮮明なのは、いつも昼の場面だった。 それはやはり、当時の俺の生活を反映していたのだろうと思う。 この頃は夜の場面の夢を見ることが多い。 数日前に見たのも、夜の夢だった。

そこそこに賑やかな居酒屋で、二人で呑んでいた。 俺は、いつものように水割り。 グラスを持ち上げて一口飲んだとき、女が言った。

「私、グラスを持つときに小指を立てる人って、好きじゃない」

下らないことだと思いながらも、 「あぁ、気になるのか。 じゃあ外すよ」 と、小指を外した。

俺の左手の小指は、実は義指だ。 曲げることこそできないが、本物そっくりに出来ている。 付け根の部分が指輪風に隠れるので、ぱっと見は区別が付かない。

その義指を外して、テーブルに立てて置いた。 テーブルから小指が生えてるように見えた。

「よくできてるだろ? 義指なんだよ」

「あの、ごめんなさい。 知らなかったから」

「なに謝ってんの?」

「だって」

「嫌なものを嫌だと言って何が悪いんだって、言ってたじゃないか」

「……」

「こんなものを見る方が嫌だった?」

「……」

「それとも、俺が可哀想な人だから?」

「そんな…」

そんな風にねちねちやっているあたりから、あやふやになっている。 目が覚めてから、自分の嫌な奴加減がおかしくて、くすくす笑ってた。 これを、気分のいい目覚めと言っていいのだろうか? 左手の小指は、本物がちゃんとついている。 女は、誰だか判らない。 何故こんな夢を見たのかは、もっと判らない。