1998 07 21

帰ってくる

かつて寮生活をしていたことがある。 そのときに、同室だった先輩から聞いた話。

その夏も、40キロ行軍があった。 前日までの激しい雨のせいで、底無し沼のようになっているところに、そうだと気がつかずに踏み込んでしまった。 先頭の二人が突然腰のあたりまで沈み込んだ。 疲れ切って歩いてくる後続がそれに気づかず、次々と足を取られて、泥沼状のところに折り重なって沈んでいった。 先頭の二人が死んだ。

全員が寮に戻る、夏休みが終わる日の夜だった。 週番室で深夜巡回の準備をしていたとき、廊下でカランと音がした。 名札が落ちていた。 名札は、在室は表に、不在は裏にして、週番室の外の壁にかけてあるものだ。 拾い上げようとしたとき、また一つ落ちた。 たった2枚だけ不在表示になっていた、死んだ二人の名札だった。 薄気味悪い偶然に、冷やりとするものを感じながら、名札を元に戻した。 すぐ後ろのシャワー室から、水音が聞こえた。 ドアを開けると、死んだはずの二人が、泥だらけの服のままでシャワーを浴びていた。

「今、戻りました。 でも、泥が、落ちないんです」

そう言って、消えた。

寮やなんかでは、結構ありがちなパターンの話。