1998 12 03

灰色の雪

「スキーはいつにする?」

満員電車のドアが開いた瞬間に聞こえてきた、若い女の声。

「クリスマスの前には、一回行きたいね」

どろどろとドアから押し出されながら、遠慮のない声で話していた。

ドアのすぐ横に置いてあった紙袋が、降りようとしていたその女の足にあたって、電車とホームの隙間に落ちた。 女は、落ちた紙袋をちらっと見て、そのまま行ってしまった。

電車に乗るときに見てみたら、下に落ちた紙袋から、残飯やカップラーメンのカップなどがこぼれていた。

「なぁんだ、ゴミか」

女の態度にちょっとだけ納得した。

電車に乗ったら、ドアの横にゴミ袋が置いてあった。 ちゃんと 「ゴミ袋」 って書いてある、東京都指定の半透明ゴミ袋。 透けて見える中身は、さっきの紙袋と大体同じようなもの。

電車が動き出してから、ドアのすぐ横に座っていた人が、そのゴミ袋からパンの耳を取り出して食った。 それまで人の陰で見えなかったのだが、いかにもホームレスの汚い爺さんだった。 俺が、そして多分さっきの女も、ゴミだと思っていたものは、この爺さんの食料だった。

帰り道。 コンビニでちょっと立ち読みして、弁当を買って、外に出たら雪が降っていた。 この冬最初の雪を見て 「寒い」 としか思わないのは、あの女と爺さんのどちらに近いだろうか? なんて考えていた。