1999 08 05

ぐるぐる

いつもよりちょっとだけ早く目が覚めたのは、暑さのせいよりも空腹のせいだったのかもしれない。 とにかくやたらに腹が減っていた。 せっかく早起きしたんだから朝飯でも食うかと、お手軽なところで素麺を茹でて、茹で上がったところで気が付いた。 麺露がない。

小さい子供4人が、シルバーシートに座って騒いでいた。 母親らしきおばさん二人が、その子達の前に立って、なにやら話し込んでいた。 「半額しか払ってねぇガキがシルバーシートで大騒ぎかよ」 と、俺もシルバーシートに座っていながら、そんな風に不機嫌になっていた。

そいつらの降りる駅が近づいたらしい。 母親達は、子供がちゃんと切符を持っているか確認しながら、荷物をまとめ始めた。 それで、さっきまで影になっていてよく見えなかった一番うるさい子供が、はっきりと見えた。

その子は、右脚にギブスをはめていた。 降りると聞いた他の子供が一斉にドアのところまで行った後をついて、ちょっと遅れてドアまで行って、また騒いでいた。 踵から腿の半ばまでの、膝のところで曲がるようになっているギブスを、特に苦にする様子もなく歩いていた。 ギブスを付けてからもう随分長いのだろう。 ひょっとしたら生まれつきなのかもしれない。 「うるさいのは嫌だけど、シルバーシートはまぁいいか」 ちょっとだけ自分の中で譲歩した。

突然その子が泣き出した。 子供の一人がイオカードを持っていて、どうやらそれが欲しくなったらしい。 「こんなの嫌。 あっちが欲しい」 と、母親にすがりついて泣いたり喚いたりしていた。

一生懸命なだめている母親を見て、ふと思った。 この母親は、娘に対して罪を感じているのではないか? と。 罪というのは、つまり、娘の脚が悪いのは自分のせいだと思っているのではないか? ということだ。 母親のなだめ方は、なんだか謝っているような、そんな感じがしたのだよ。

障碍を持つ子供の親は、 「あのときもっと注意していれば」 なんて思いを、どこかに抱えているのだろうと思う。 それはもちろん障碍の有無とは関係無く、親なら誰でも多少は持つものなのかもしれない。 しかし、それが障碍となると、何と言うか、親の中でバランスが取れなくなってしまうのではないかと思うのだ。 それで、母親は子供の涙についつい譲歩してしまい、子供は泣けば要求が通るのだと学習し、電車はますます居心地の悪いものになっていくのだ。 って、そりゃ安直過ぎるか。

今、網戸に蝉がとまっている。