2000 03 05

すぐそばにあった差別の2

2000/02/13 の続き。

6年になる春休みに、和歌山県田辺市に引っ越した。 会津小学校は、 「みんな仲良くしましょう」 とか 「差別はいけません」 とか、いわゆる道徳教育に力を入れていたように思う。 それは、特殊学級を持っていたから、というのもあるだろう。 いや、特殊学級の児童に触れる機会が多かったから、その印象が強くなったのかもしれない。 前の学校でも、同じように道徳の時間なんてものがあったのかもしれないが、あまり印象に残っていない。

特殊学級は、いろんな年齢の人たちが一クラスに集められていた。 俺は、その人たちを、普通の学習にはついていけないのだろうと考えていた。 そのクラスに6年生の男の子もいて、時々、俺たちのクラスで一緒に授業を受けていた。 あ、でも形式的には6年2組所属だったような気もするな。 体育は、いつも俺たちと一緒にやっていたんだっけ。 駆けっこで負けた記憶がある。

正直言うと、俺は、特殊学級の彼に対して、あまりいい印象をもっていなかった。 ああ、これはちょっと違うな。 特殊学級の彼が来ているときの、クラスの雰囲気に対して、だ。 彼が俺たちのクラスに来ているときは、何故か皆がいい人になった。 ちょっとしたこと、ほかの皆が普通にやっていることでも、彼がやれば凄いことになった。 嘘臭い。 気持ち悪い。 その扱いこそが差別じゃないか。 そう思いながらも、そうせざるを得ない雰囲気があって、俺自身も妙にやさしくなったりして、それがまた嫌だった。 今思うに、多分にガキっぽい嫉妬もあったのだが。

ところで、道徳の時間 「差別はいけません」 の巻や 「障害者には優しくしましょう」 の巻のとき、特殊学級の彼はクラスに来ていたのだろうか。 それがどうもはっきり思い出せなくて気になる。 しかし、そんなことが気になるってのも、どうかという気がするな。

つづきはまた。