2001 02 04

死体を見下ろす

去年の夏だったと思う。 浅川の土手を散歩していて、河原に生い茂った木と草の中に、粗末な小屋を見つけた。 工事現場でよく見かける水色の防水ビニールシートを、何かを骨組みに、ワゴン車ぐらいの大きさに張ったもの。 すぐ前には木製のテーブルとベンチが置いてあり、辺りの木には竿やロープが渡してあった。

その小屋で暮らしていた人が死んだらしい。

死亡現場

十人ちょっとが、その小屋の周りにいた。 大きな透明のビニールケースを広げている救急隊員。 周囲を調べているらしい警官。 手持ち無沙汰でだらだらしているだけなのかもしれない。 写真をとっているコート姿の男は、私服警官のようだった。 そして、彼らとは明らかに違う種類の男と女。 男は、日焼けした顔に口髭を生やし、工事現場風の服装をしていた。 東南アジア系にも見える。 作業が気になるのか、その辺りを歩き回り、いろいろ覗いていた。 女は、こちらに背を向けて、じっと立っていた。 小屋の横に広げられたビニールケースを見ているようだった。

その大きなビニールケースが小屋に持ち込まれるとき、女がこっちを振り向いた。 赤く焼けた顔、くたびれた金髪、腫れぼったい目。 土手の上から眺めている俺達の方をちらっと見て、すぐに目を伏せた。

ビニールケースに死体を入れて、救急隊員が小屋から出てきた。 そのビニールケースを、不透明な緑色の袋に入れて、数人がかりで運び去った。

「終わったよ」 と男が声をかけて、女はまた小屋の方を向いた。 女がこっちを向いたのは、死体を見たくなかったかららしい。 見たくなかったのは、死体をそんな風に扱われることかもしれない。 あるいは、死体を直視できない女を演じてみたのかもしれない。

俺と同じように散歩の途中で足を止めていたばあさんが、 「寒かったろうに」 と呟いて歩き出した。 ばあさんは土手の上にいる。 男は河原で死んだ。 この物理的な位置関係、数メートルの高さの違いは、そのまま、死んだ男に対するばあさんの精神的な位置関係でもあるだろう。 見下ろして憐れむ位置。 だがそれは、例えば高層ビルから見下ろす誰かにとっては、どうと言うこともない違いだ。 ばあさんはそれに気がついたのだ。 一段高い位置から眺めて憐れんでいる自分も、他から見れば、同じようなものなのだと。 その考えはとても怖くて、小さくはあってもそこには歴然とした差があるのだと思いたくて、憐れみの言葉を呟いてみたのだ。 私は違うのだと思いたくて。

そんな風に嫌な方向で考えているうちに、だんだん可笑しくなってきた。 だから俺もまた歩き出した。

お隣さん

お隣さん。 小屋は粗末だが、葉を落さない木を選び、垣を作るなど、仕事は丁寧だ。 ここに住む人は、お隣さんの死に何を思うのだろうか。