2001 10 26

誤差の範囲内の日常

駅のホームで電車を待っていた。 裸眼立体視の要領で線路の砂利を波打たせていて、ふと目を上げたとき、俺の前を、今ではもう遠い昔に好きだった人が通り過ぎた。 その後姿を目で追いながら思う。 年をとったんだなぁ…

浜松町から電話。 「受信しようとするとぉ、なんか真っ白になってぇ、応答無しになってしまうんですぅ」 とのこと。 何台かあるどのパソコンでも同じらしい。 思いつく方法をいくつか試してもらったのだが、どれもうまくいかない。 しょうがないから浜松町まで行くことにした。 一度家に帰ってスーツに着替えて。

エレベーターの中では、殆どの人が体をドアに向けて階数表示を見る。 俺の前に立っている30歳ぐらいの男もそうだ。 その後頭部に、女物のヘアピンを見つける。 何でこんなところに? と思ってよく見ると、ピンのすぐ上に、大きさも形も500円玉ぐらの禿。 円形脱毛症か。 男が左手で首筋を掻く。 薬指に指輪。 結婚しているのだとすると、あのピンは奥さんのものか。

「いってきます」

「あ、ちょっと待って、忘れ物よ」

「なに?」

「ピン。 ほら後ろ向いて」

「いいよ、そんなのしなくても」

「なに言ってるのよ。 こんな禿を晒して歩かれたら、私が恥かしいじゃない」

と、朝のやり取りを勝手に想像してしまう。 そうやって意識させられて、この人の禿はちょっとづつ、しかし確実に、大きくなっていくのだと決め付ける。

昼近くの電車は人も疎ら。 前の出張のときに買って、そのまま捨て忘れていた雑誌を広げる。 記事はテロと狂牛病。 しかし、

「土佐の鰹漁は、最近では南極の近くまで獲りに行ってるんだって。 で、そこでペンギンも捕まえて帰ってくるんだって。 だから土佐では、ペンギンをペットにしている家がたくさんあるんだって」

と、前日に聞いたテロとも狂牛病とも全く関係無い話を思い出して、思わず笑ってしまう。 どうしてそんなことを信じちゃうかな。

浜松町。 問題はどうやらデータベースを置いてある事務所(別のビル)のネットワークだったらしい。 俺が行ったときはちゃんと動いていた。 やること無し。 特殊な運用をしているこの事務所にあわせてプログラムを変更するかどうか、ちょっと話をする。 そこにいたのは1時間ぐらい。 そこに行くまでには1時間半ぐらい。

帰りの電車。 女の人が携帯電話で話している。 「すっごくいいの見つけたんだけど、6万だって。 財布に6万よ。 あーどうしよう、買おうかなぁ」 だそうだ。 迷ったら買え。 財布を買ったら財布に入れる金がなくなりましたってのも、それはそれで面白いだろう。

鯛焼きを買おうと思ったのだが、鯛焼きはみんな売り切れ中。 しょうがないからタコ焼きを買う。 鯛焼きには、今日は縁がなかったのだな。

いい天気だ。