2001 12 25

伝染する笑顔の2

先月末のことだったと思う。

高尾自然博物館の前の広場で、バッタを見つけた。 バッタはもちろん人が近付くと飛んで逃げるのだが、そうやって数回飛んで逃げたバッタは、そっと近付くと、もう逃げなくなる。 そのバッタもそうだった。 何度か追い立てた後、そっと近付いて、指に止まらせた。

すぐ近くにいた子供が、その様子を見ていたらしい。 母親に向かって、 「僕もバッタ!」 と言うと、繋いでいた手を解いてバッタを追いかけ始めた。 ところが、何しろ小さい子供だから、そっと近付くことが出来ない。 当然、バッタは何度でも飛んで逃げる。 ちょっと思いついて、その子に声をかけた。

「バッタを指に乗せたいんだったら、そっと近付かないと駄目だよ。 そっと」

「そっと?」

「そうそう、そっと。 でも、バッタよりも赤トンボの方がよくないか?」

「赤トンボ?」

「そう。 ほら、今そこを飛んでるやつを、指に止まらせたくないか?」

頷く子供に、赤トンボを指に止まらせる方法を教えた。 指を一本だけ立てて、その手を真っ直ぐ上に伸ばして、じっとしていること。

手を真っ直ぐ上に伸ばし、人差し指を立てて、言われた通りにじっとしている子供。 しばらくすると、あたりを飛んでいた赤トンボが、子供の指に近付いてきた。 ところが、トンボが指に止まりそうになると、興奮した子供が

「ママ! ママ! トンボ! ママ!」

と、自分ではたぶんひそひそ声のつもりの甲高い声で喋ってしまって、さらに振り向いたりして、せっかく赤トンボがよって来たのが台無しである。 母親が 「ちゃんと見てるから、静かにしないと」 などと言っているのだが、その言葉は、赤トンボに夢中の子供には全然届かない。

ベンチに座って様子を見ていたのだが、これでは埒があかないので、教育的指導に立った。

「小さい声でも、喋ると逃げちゃうよ。 声を出しちゃ駄目。 動いても駄目。 わかった?」

頷いて、さっきよりも真剣な表情で、じっと立つ子供。 しばらくすると、また赤トンボが近付いてきた。 子供は、一瞬口を開きかけたのだが、今度はぐっと我慢していた。

そうやって喋ったり動いたりを抑えつけようとすると、その緊張が思わぬところに出るものだ。 その子の場合は、それが下ろしている方の手に現れていた。 左手が、グーになったりパーになったりしている。 赤トンボが近付くほど、グーパーグーパーが速くなる。 グーパーグーパー… グパグパグパグパ…

その怪しい手の動きに気がついて、爆笑しそうになるのを必死で我慢しながら母親の方を見たら、母親もやっぱり肩を震わせて笑いをこらえていた。

一昨日、本屋で立ち読みしていたら、後ろから 「ねぇ、サンタクロースくるかなぁ?」 と母親に訊く子供の声が聞こえた。 それでかどうかは判らないのだが、帰りの電車の中、あのときの赤トンボと子供を思い出していた。

そして今日はクリスマス。 近所が火事だ。 消防車が何台も家の前を走る。 ベランダに出てみると、200mぐらい離れたところに、燃え上がる炎が見える。 同じくベランダに出て様子を見ていたらしいお隣さんから、

「あ、すごーい! ねぇ見に行ってみる?」

「いいよ、寒いし」

なんて声が聞こえてきて、その楽しそうな様子に思わずこっちまで笑顔になってしまう。 そんなクリスマス。