2003 04 06

死して屍拾う者無し

水戸黄門や暴れん坊将軍などがやっていることは、端的に言えば 「強大な武力による超法規的解決」 だ。 その目的は、将軍を頂点とする体制の維持。 彼らは、それを正しいことだと信じて疑わない。 時に庶民を助けるが、それも彼らの目的に添ったときのみ。 疑惑の調査は、常に武力行使のための証拠集め。

これらは、今アメリカがやっていることと同じ。 その同じことを、一方では独善だ横暴だと否定的に扱い、またその一方で娯楽として供給するのが、テレビの面白いところだな。 テレビドラマ(それも時代劇)と現実は違うと言えばそれまでなんだけど。

待ち望んでいた妊娠を妻に告げられて、大喜びの夫。 産まれるのはまだまだ先なのに、もう 「名前は何がいいか」 なんてはしゃいで、そのせいで弁当を持つのを忘れて出かけてしまう。 夕方、夫に、忘れていった弁当を届ける妻。 夫の喜び様を思い出して、心細いはずの一人歩きも、ついつい顔がほころんでしまう。 夫が勤める屋敷に着くと、いつもいるはずの門番がいない。 屋敷の中が妙に騒がしい。 何だか胸騒ぎがして、騒がしい方に行って見ると、見慣れた夫の同僚達が、見たことのない男に次々と切り倒されている。 そして夫も。 慌てて駆け寄る妻。 実は夫は峰打ちで気絶しているだけなのだが、動転した妻はそれに気付かない。 てっきり殺されたものだと思い、傍に落ちていた刀を掴んで、仇討ちと斬りかかる。 しかしあっさり躱されて、腹を打たれて気絶する。 やがて気が付いて体を起こし、自分が気絶していたのだということに気付く。 あの男は? もういない。 夫は? と、立ち上がろうとして、股間のぬるりとした感触に気付く。 なに? と、着物を押さえた手に、べっとりと赤いものが。 なにこれ? 血? まさか、赤ちゃんが? 痛みを押さえて立ち上がる。 だらだらと流れ出る感触。 ああ、赤ちゃんが…私の赤ちゃんが…あああ…

なんて、たまには後味の悪いのもやってみたらどうか。

桜

満開の花を見ると、何故か、 「自分の体からこんな風にびっしりと花が咲いたら」 なんて想像して、ちょっと恐ろしくなってしまう。

sign

何かのお呪いか、或いは宇宙からのメッセージのようにも見える。 補修工事のためなんだろうが、自分達の住んでいる家にこんな風に描かれるのは、あんまり気持ちのいいもんじゃないだろうな。