2004 09 01

終末の予感

浅間山噴火。 ま、噴火といっても、ちょっと煙が吹き上げただけらしいけど、立て続けに来た台風と地震に終末観を煽り立てられていたところだけに、結構ドキリとしたのだった。 ノストラダムスは何事もなく過ぎたけど、この後さらにファティマの予言とか、マヤの暦の終末とかが控えているので、あまり油断はできないのだ。

子供の頃は、 「学校の辺りだけが、地震とか火災とかで焼け野原の無秩序状態にならないかなぁ…」 なんて思ったものだった。 そんな俺の三つ子の魂は、もちろん脈々と引き継がれていて、今ではそのターゲットが取引先だったりする。 出荷先が木っ端微塵になって、納期が無期限に延期になったりしないかなぁ…でも俺のところ以外は何のダメージも受けなくて、会社としての損害は少なくて、俺の給料には影響なしってのがいいなぁ…とか。

「好き嫌いするな。 世の中には、食べるものが無くて困っている人もたくさんいるんだから」

そんなことを、子供の頃、嫌いなおかずを前に固まっているときによく言われた。 困っているのは、たいていの場合アフリカ。 かなり大雑把。 俺が嫌いなおかず(主に炒めた野菜)を食べたところで、困っている人たちの食糧事情は好転しない。 厳密にはちょぴり悪くなるような気もするのだが、とりあえずそれは置いておくとして、だ。 そんなことを言った人たちは、災害で仮設住宅暮らしをするようになったとき、やっぱり困っている人たち(アフリカとか、今ならイラクとか)を持ち出して、だから我慢しなさいって言うんだろうか。 言うんだろうなぁ。 仮設住宅の中で、母親が子供に。 或いは、インタビューに答えて政府の対応に不満を訴える被災者を、遠く離れたところでビール片手にテレビで見ている人が。