2005 10 13

酔っ払い

今日も終電。

7人掛けのシートのちょうど俺の対角線となる位置に、足を抱え込んで膝に顔を挟むように座っている男がいた。 スキーのジャンプの助走のような姿勢。 きっと酔っ払いだろう。 ときどき 「うぅ…」 なんて声を漏らしていた。

府中を過ぎて車内もだいぶ空いてきたところで、男はその姿勢のままでシートに横になった。 空いてきたとはいえ、まだ立っている人もいる。 周囲は露骨に不快な顔ばかり。 と、その男、今度はうつ伏せになって、抱え込んでいた足を伸ばした。 靴を履いたままの足が、ドア横に立っていた大学生らしい男に当たる。 大学生、凄い顔で睨む。 喧嘩にでもなるかなと思いながら見ていたら、男がうつ伏せの姿勢のままで床に滑り落ちた。 ゴンッと鈍い音。 そして沈黙。 さっきまで睨んでいた大学生、ちょっと心配になったのだろう。 倒れている男の方に手を掛けて、 「大丈夫か?」 なんて訊くのだが、男は反応しない。 両手を掛けて起こそうとすると、 「もうやめてー」 と急にもがいて、大学生の手から逃れて、再び床にゴンと激突。 ついでに大量に吐いて、自ら吐いた物の中に顔を埋めてしまった。

ここに至って、只事ではないと判断したのだろう。 大学生は起こすのを諦めて、乗務員室のドアを叩く。 が、不幸なことに、ここは先頭車両。 ドアの向こうにいるのは運転手。 対応したくても手が離せない。 そのことに気付いたのか諦めたのかは判らないが、暫くしつこくノックしていた大学生、再び倒れた男に向かった。 が、声を掛け、肩を揺すっても、今度は全く反応が無い。

そのうちに駅について、ようやく乗務員が顔を出した。 駅員も来て、大学生と同じように声をかけ体を揺するのだが、全く反応が無い。 「どうしよう?」 「どこで降りるかも判らないしねぇ」 などと途方に暮れているところに、もう一人駅員が来て 「無線で車を呼んだから取り敢えず降ろして」 と、男を運び出し、ホームに仰向けに寝かせた。 さっきの大学生が、男の荷物を傍に置いてやって、また車内に戻ってきた。 車内には、男の顔の形にへこんだゲロの山。 そして物凄く酸っぱい臭い。

とまあ、そんな状況だった。 車内には、俺も含めて結構人がいたのだが、何かしら行動を起こしたのは、大学生一人だった。 助けようとも逃げようともしない。 せいぜいが、流れ広がる胃液(?)から脚を引くぐらい。 汚れることには敏感そうな女の人もそう。 俺の斜め向かいに座っていた女の人は、ゲロがズボンの裾に着いてないかをしきりに気にしていたが、それでもその席を立とうとしなかった。 もちろん俺も、酸っぱい臭いにちょっと吐き気を覚えながら、座ったまま。 遊びであれ仕事であれ、やっぱり終電に乗ってる人って、疲れてるんだなぁ…なんて、しみじみと実感していたのだった。

その後、男がどうなったのかは知らない。 ゲロは高幡不動で、慣れた手つきの駅員によって片付けられ、酸っぱい臭いは木屑の臭いに取って代わられた。