2006 07 26

急停車

先週の金曜日、そろそろ帰ろうかと片付け始めた時のこと。

「渡邊君さぁ、今やってる仕事止められる?」

「まあ、余裕が有ると言えば有るんですけど、ちょっとはっきりしないんですよね」

「あ、じゃあちょうどよかった。 1週間ほど手伝って欲しいところがあるんだけど」

「はぁ…」

「なんかもう大変なことになってるんだよね」

「またそんなのですか」

「まあ、ちょっと頼むよ。 泣いても笑っても1週間だからさぁ」

「いや、1週間泣き続けるのはかなり辛いでしょう」

「ははは、そりゃそうか。 あ、いいこと考えた。 明日から出て夏休みに2日付けるのはどう?」

「それ、全然いいことじゃないですし。 そもそも月変わるから付けられないでしょう」

「あ、そうか。 じゃあ月曜日からで頼むよ」

「はぁ…」

そんな、微妙に噛み合わない会話で、なし崩しに手伝うことになって、月曜から本厚木に出張中。 南平→分倍河原→登戸→本厚木とおよそ1時間半、さらに駅からバスで15分の旅。 さすがに遠い。 これを2kgのパソコンをもって移動するのだから、日々通勤だけでぐったりだ。 作業(不具合と仕様変更の対応)が楽なのがせめてもの救い。 何かやっている時間よりも、試験ができるまで待ってる時間のほうが長かったりする。

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帰りの電車の中、本を読んでいたら乗り過ごしてしまった。 登戸で乗り換えるはずが、気が付けば下北沢。 ここまで来たら、引き返すよりも新宿まで行った方が早い。 そのまま乗っていくことにして、また本を開いたときのこと。

「急停車します。 お掴まりください」

と、初めて聞く車内アナウンス。 3回くらい繰り返した後、今度は車掌が

「ただいま急ブレーキをかけております。 ご注意ください」

とアナウンス。 そして、アナウンスとは裏腹に、急ブレーキとはとても思えない穏やかさで電車が止まった。 その後の車内アナウンスによると、この後止まる駅で、誰かがホームから線路に落ちたらしい。

最初のアナウンスは、自動再生のようだった。 それから車掌のアナウンス。 察するに、ATSと連動して最初のメッセージが自動放送され、これを確認して車掌がさらに注意を促す、という仕組みになっているのだろう。 急ブレーキについても、2段階になっていると思われる。 まずはATSによるブレーキ。 これは、乗客に大きな影響を与えないレベルを上限に減速をする。 更に、運転手が自己の判断で必要に応じてブレーキをかける。 運転手がかけるブレーキは、車輪が空転しないぎりぎりのレベルまで。 普通に走っている状態でここまでブレーキをかければ、乗客にきっと怪我人が出るだろう。

仮に、ATSによるブレーキの強さを 「運用限界」 、運転手がかけるブレーキの限界を 「物理限界」 と呼ぼう。

ホームに人が落ちたとする。 その発見が、電車がまだ十分遠くであれば、特に問題は無い。 電車は運用限界のブレーキで静かに止まり、落ちた人は助けられるだろう。 だが、電車が接近していて、運用限界のブレーキでは間に合わない、しかし物理限界までブレーキをかければぎりぎり轢かなくてすむかもしれない距離だったとしたら。 運転手はどうするだろうか。 どうするのが正しいのだろうか。 乗客に多数のけが人が出る可能性を考えても、やはり目の前の一人の命を救うために物理限界までのブレーキをかけるのか。 一人を犠牲にしても、多数の乗客の安全を優先し、運用限界のブレーキにとどめるのか。