2008 11 24

ハイパー

バス停の直前でバスに追い抜かれて、心にまで寒さが凍みる朝。 ただ待っているのも寒いので、一つ先のバス停まで歩くことにした。 その一つ先のバス停でバスを待っていたら、いかにもパジャマの代わりですといったジャージ姿の男女が登場。

女 「泥棒だよね!」

男 「だから、盗んだかどうかは判らないだろ」

女 「なんで友達をかばうの? あいつが盗んだに決まってるじゃん!」

男 「自分が無くしたんだろうが。 落としたかもしれないだろ?」

女 「落としたんなら、警察に届いてるはずじゃん!」

男 「そうとは限らないだろ。 ブランド物のバッグだし、持ってったかもしれないだろ」

女 「だったら鍵だけでも届けられてる筈じゃん!」

男 「バッグを持ってく奴が、そんなことするはずないだろ」

女 「そ…そんなことない! 落としたんなら、絶対警察に届いてる! 無いってことは、あいつが盗んだってことじゃん!」

男 「だからさぁ、まだ判らないだろ?」

女 「判るもん! 全部言うから! 知り合いに全部言って、それから警察にも言うから! 盗まれたって!」

男 「だから、そもそもお前が無くしたんだろ?」

女 「盗まれたんじゃないって言うなら、探してくるべきじゃん!」

男 「だから一緒に夜中に探しに行っただろ」

女 「見つからなかったじゃん! 探したって言うなら、今すぐ持ってきてよ!」

男 「だから、探したけど見つからなかっただろ?」

女 「ほら! やっぱり盗まれたんじゃん! 返してよ! 今すぐ返してよ! 鍵だけでも返してよ! 今すぐ!」

男 「無茶言うなよ。 バッグも鍵も見つからなかっただろ?」

女 「なんでそんな友達ばっかかばうの? そんな言うんだったら、バッグの分の金を払うべきじゃん!」

男 「誰が払うんだよ? 盗んだかどうかもまだ判らないのに。 婆さんか?」

女 「誰でもいいよ! はやく! 今すぐ払ってよ! 今すぐお金をもらってくるべきじゃん!」

男 「こんな時間に行っても、婆さんがそんな金持ってるはず無いだろ」

女 「いいよもう! ほんと泥棒なんだから。 あんたの友達って、ろくでもないのばっかりじゃん! 見損なったよ!」

男 「だから、盗んだかどうかはまだ判らないだろ?」

女 「あいつに決まってるじゃん! 全部言うから! 知り合いに全部、盗まれたって。 警察にも言うから!」

男 「だからさあ、盗んだかどうかはまだ判らないだろ」

女 「もういい! 警察に言うから! 殴られたことも」

男 「はあ? 誰がどこを殴ったんだよ」

女 「顔! …あー…頭!」

男 「それ、引っ張っただけだろ?」

女 「引っ張ったけど…引っ張るのだって、殴るのと同じじゃん! 警察に言うから! 殴られたって」

男 「なんだそれ? そーゆーこと言うのかよ」

女 「言うもん! 知り合いに全部。 それから警察にも。 付いてこないでよね。 ついてきたらストーカーだって言うから!」

男 「みっともないから、もうやめろよ」

女 「絶対言うから! むかつく! ほんとむかつく!」

男 「だから、みっともないからやめろって。 みんな見てるだろ? それに知り合いって誰だよ?」

女 「それは…そんなの関係無いじゃん! 全部言うから! 知り合いにも、警察にも全部!」

男 「もういい加減にしろよ」

俺のすぐ後ろで、ずっとこの調子。 いちいちシャウトする女と、溜息混じりに宥める男。 バス停の近所の人が窓を開けてこっちを見てたりして、無関係のはずの俺までちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

しばらくして、待ち望んだバスが到着。 やっとこの状況から逃れられると一安心していたら、俺に続いて女も乗ってきた。 「付いてこないでよね!」 なんて言いながら。 で、バスの発車後は、何かぶつぶつと呟きながら携帯を開いたり閉じたり。 電話をするでもなく、メールを打つでもなく、ただ開いたり閉じたり。

そして終点の日野駅。 男が車で先に来ていたのを見て、女がまたヒートアップ。 バスを降りると、 「全部言ったから! 知り合いに全部! これから警察にも言いに行くから!」 と、さっきまでとはちょっと違うリフレイン。

で、散々 「警察に言うから!」 なんて言ってたんだから駅前の交番に行くのかと思ったら、交番の前を素通り。 しかも、交番の前を通るときは黙って。

バス停で怒鳴っているときはハイでパーな女だと思っていたけど、実際は、自分が悪いとは思いながらも引っ込みがつかない状態ってとこか。 ま、それはそれで十分にパーなのだが。