2018 05 02

具現化する宝石

買おうとは思わないし思ってもたぶん買えないのだが、見るのは好きな宝飾品。 今日はパナソニック・汐留ミュージアムに ジョルジュ・ブラック展 を見に行ってきた。

展覧会のサブタイトルが 絵画から立体への変容 で、展示の構成もこのサブタイトルそのままの展開。

  1. 絵画
  2. 陶器
  3. 宝飾
  4. 彫刻
  5. 室内装飾

これはそのままジョルジュ・ブラックの晩年の流れでもあるらしい。 自分の中のイメージを、手に取って触って感じられるものにしたいという思いに駆られていたそうだ。 だからなのか、表現する媒体(?)は変わるのだが、モチーフはあまり変わらない。 蝶と鳥とキュビズムっぽい顔が繰り返し現れる。

絵は自分で描いたものだが、って本職が画家だから当然だが、絵以外の作品はデザインを提供したもので、製作はその道の職人にほぼお任せだったのだそうだ。 立体化された結果が元絵で表現したかったイメージから微妙にズレているような気がしたのは、そのせいだろうか。

ズレは、宝飾では大きく、陶器や室内装飾では小さく感じた。

まあ絵から壷や皿や壁画への変化は、結局は平面から平面への移行であって、本来の意味での立体化ではないからね。 ズレが小さいのも当然か。

宝飾の違和感は、たぶん素材の選択のせい。 金やプラチナやダイヤは主張が強過ぎて、素材の有る所と無い所のコントラストが極端に大きく、その分素材間のコントラストが小さくなってしまう。 特に金。 元絵で金色で表現されていたところを素直に金で実現したため、金が強すぎて他が埋没してしまっていた。 その結果、せっかく立体化したのに奥行きが感じられないとか、元絵での主客が立体化で逆転してしまうなんてことに。

いやまあ、元の絵と比べたらどうかってだけで、そういうの無しに見る分にはキラキラしてて良いんだけどね。

ブラックは素材の指定を全くしなかったそうだ。 一応共同製作なのだから、もっといろいろ注文すればよさそうなものだが。 70過ぎて諦めていたところに立体化の話が進んだということなので、立体化されるってだけでもう満足だったのかもしれないな。

しかし、キュビズムの画家が立体化を望むってのはどうなんだろうね。 遠近法とは全く違う観点での3次元表現がキュビズムだし、立体化したら負けみたいな気がするのだが。 まあ晩年はキュビズムから離れていたそうだし、歳をとれば考えも感覚も変化するんだろうけどさ。

ちなみのこの日の展示で一番気に入ったのは ペルセポネ の壷。 キラキラが一切無い地味な壷なんだけど、何故か妙に惹かれる。 展示品ではないが、三羽の鳥をモチーフにした照明アートも良かった。

新橋駅前

久し振りの新橋。

連れのお嬢さんとは烏森口で待ち合わせしていたのだが、烏森口って最後の最後で二口に分かれるんだね。 そこに気付かず、5mぐらい離れた違う烏森口でお互いを待つという間抜けなことに。 今後は気をつけよう。