2018 08 16

水を描く

山種美術館に行ってきた。 今やっている 水を描く- 広重の雨、玉堂の清流、土牛のうずしお - は、国際水協会世界会議が東京で開催されることに合わせての企画展だそうだが、国際水協会(IWA)なんて俺はこれまで聞いたこともない。 その世界会議が東京で開かれることも、当然知らない。 全然知らなくて申し訳ないが、水は大事なので、会議はしっかりやってほしいものだな。

展示はタイトル通り水関係で、川、滝、海、雨などを描いた日本画あるいは日本人画家の作品。 時代は江戸から平成までとかなり幅広い。 時代や技法の幅が広いからって訳でもないだろうが、作風の幅も広い。

良い雰囲気の写実的な蛙の日本画の後に小学生が描いたような夜の海があって、この二つがほぼ同じ時代。 同時代なら直接の面識はなくても互いの作品は知っていたことだろう。 互いをどう見てたんだろうなぁ… なんて思いながら解説を読んだら師弟関係だったのが、ちょっとした衝撃だった。 ちなみに師匠が蛙の方。 竹内栖鳳。

これを許して良いのか?

と、一瞬蛙の師匠に疑問を感じたのだが、それで思い出したのが、もうずいぶん前に聞いた会社の先輩の話。

「子供の頃に絵を習いに行ってたですよ。 そこの先生、何をどう描いても褒めてくれるですよ。 俺はそれで絵が好きになったですよ」

そうだ。 何であれ、まず好きにさせることが大事なんだよな。 蛙の師匠もそんなふうに考えていたのかもしれない。 いやまあ、弟子入りしている時点で絵が好きなのは確定だろうけどさ。 でも、自分の画風を押し付けるのではなく 「飛び立つならまだ誰も見たことがない所へ!」 なんて思っていたのかも。

海は他にも波や渦潮を描いた大作がいくつか展示されていたが、この日一番の大作だった橋本関雪の 生々流転 は、近くで見るとかなり雑。 連れのお嬢さんも端から端まで見た後に 「描きかけだよね?」 と、同様の疑問を持った模様。

が、そのコーナーから離れて他に行こうとするときになんとなく振り返って見たら、意外にちゃんとした嵐の海だった。 あれは、もっとずっと離れて見る設計だったのだろう。 展示会場の構成上、絵の全体を離れて見ることができなかったのが残念。

ほぼ同じ大きさの川端龍子の 鳴門 は以前もここで見たもの。 その時は単品だったのでなんとも思わなかったけど、今日こうして海の絵をたくさん並べて見せられると、ある種の様式があるように思えてくる。 岩と波の様とか、その上を飛ぶ鳥とか。

ああ、様式じゃなくて対抗意識なのかもしれないのか。 俺の方がもっと上手く描ける! 描いてやる! 的な。

まあなんでも良いが、おかげで見比べる楽しみができたのはありがたい。 同じものを描いてるはずなのに、結構違うからね。

川は、奥田元宋の 奥入瀬(秋) が人気だった。 特におばちゃん達に。 ちょうど作品の前に休憩用のベンチがあったのだが、そこに座っていると、通りかかるおばちゃん達のほとんどが 「綺麗だねぇ… こんな所に行って見たいねぇ…」 なんて言ってた。 まあ、そう思うよな。

川も海も、新しいもの古いものどちらにもそれぞれの味があって甲乙付け難いが、雨はだいたい古いものの方が良い感じだった。 中でも歌川広重が…って、もう今更何をってレベルの話だけどさ。 でも並べて見ると、訴えてくる力みたいなものが全然違うんだよな。

歌川広重の強い雨もいいが、川合玉堂が 水声雨声 で見せる煙る雨も良かった。 正直、水車と人は微妙だけど、雨と、雨の向こうに見える仄暗い林の表現は素晴らしい。 水の音や雨の音だけじゃなく、雨の日の空気の匂いまで伝わってくるような気がするよ。

パンフレットを飾っていた千住博の ウォーターフォール は、大きな作品には珍しく、原寸大よりも小さくして見た方がいいと思えるもの。 原寸大を近くで見ると、結構荒いのが目についてしまう。 ここでもまた、ちょっと狭いせいで離れて見れないのが残念だった。

連れのお嬢さんはあの絵を 「筆で描いたんじゃなくて、絵の具を上からザーって流したんだよ、きっと」 と言っていた。 さずがに水煙までは無理と思うが、流れ落ちる水は、そうやって描いたかもしれないな。 実際にそうやっていたなら、これを 「描いた」 と言うことがもう間違いなのかも。

ところで今更だけど、水って直接は描けないんだよな。 水を通すことで発生する形や色の変化、水に浮かぶ泡や落ち葉など動き、そういったもので間接的に表現するしかないのが水。 何しろ基本は無色透明。 汚い水は簡単に描けるけど、綺麗な水は難しい。 色を表現するための絵の具が減色混合というのは、濁りの表現には向いてそうだけどさ。 水を描こうとした画家は、きっと苦労したんだろうな。

ミュージアムショップで、指を舐めながら絵葉書を物色する爺さんがいた。 そんな水はいらない。

美術館を出て、駅ビルのトンカツ屋でちょっと遅い昼食。 連れのお嬢さんはエビフライとトンカツで随分と悩んだ末に、エビフライにトンカツの追加トッピングを注文してた。 そんなことができるんだね。 そしてライスが麦飯。

「そこで麦飯を選択するのって、ひょっとして…」

「ダイエットです」

ああ…