知能とは
10年ぐらい前に見たのを久し振りに見て、当時と同じちょっとした感動を覚えたコピペ。
こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。 この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。 どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ? ちんゃと よためら はのんう よしろく
これ、確かに普通に読める。
こんにちは。 皆さんお元気ですか? 私は元気です。 この文章はイギリスのケンブリッジ大学の研究の結果、人間は文字を認識する時、その最初と最後の文字さえ合っていれば順番は滅茶苦茶でもちゃんと読めるという研究に基づいて、わざと文字の順番を入れ替えてあります。 どうです? ちゃんと読めちゃうでしょう? ちゃんと読めたら反応よろしく。
と、脳内で何の問題もなく変換できる。 違和感がありながらも。
- 文字の順番がおかしいことに気付かない。
- 気付かないまま正しく補正してしまう。
この二つが絡み合っての現象なのだが、知能として見た時、どうなんだろう。 気付かないことを緩いと思えばいいのか、補正できることを鋭いと思えばいいのか。
ずっと昔に何かで読んだのだが、知能を高める薬の成果として、一部を隠した文章から元を推測する時の正答率が上がるってのがあった。 一部が見えないのと、全部見えてるけど一部が間違っているのとでは状況は違うけど、どちらも試されているのは補正能力の高さ。 なので上の文章が読めてしまうのは、知能の高さとしていいのだろう。
でも、文字の並びがおかしいことに最後まで気付かなかったのなら、それはやっぱり拙いよな。 主に知能が。
文章だから読み返しておかしなことに気付くこともできるが、人と人との会話だと、互いに勝手に補正して、しかも補正していることに気付かないってこともあるだろう。 なかなか恐ろしい状況ではないか。 しかし補正しようとしている事に気付いて毎回細かく確認していると、そのうち会話自体を拒否されてしまいそうでもある。 行き着く先は孤独。
智に働けば角が立つ。 情に棹させば流される。 意地を通せば窮屈だ。
夏目漱石の小説 草枕 の冒頭だが、この流れで出すと、黙って補正するか口に出して指摘するか、その匙加減の難しさを嘆いているようにも見えるよな。 まあ彼は教師であり小説家であったので、きっと悩んではいたのだろうけど。
ちなみに夏目漱石の脳は死後摘出され、東大医学部でアルコール漬けで保管されている。