攻殻機動隊

大友克洋と士郎正宗は、俺の中では似たような立ち位置だ。 世界観は好き。 その世界を表現する建造物や機械、それらの背後にある何かの表現も良い。 だけど人物は微妙。 もう少し新しいところだと、弐瓶勉が同じ枠。

なのでこの人たちの漫画が映画化される時は、勝手にキャラクターデザインを心配していたりする。 原作に忠実にするのは、やめたほうがいいんじゃないかと。

まあ士郎正宗の場合は若干アダルト路線なので、その路線は守ってもらっても全然問題無いのだが。

GHOST IN THE SHELL

舞台は西暦2029年。 公開された1995年からは34年後の、今なら8年後の近未来。 これから8年であのレベルの義体が実用化されるとは思えないが、意識を持つネットワーク上の情報生命体なら目覚めてそうではある。

映像は美しい。 未来を表現するようなあれこれが細部まできちんと作り込まれていて、舞台が今の延長線上にあり、しかし確かに未来なのだと、違和感なく見ることができる。 今ならCGでもっと上手く表現できたんじゃないかと思うところもあるけれど。 光学迷彩は夢が広がるね。

音も良い。 そんな音はしないだろうと思うシーンもあるが、でもその 「そんな音」 で没入感が増すのだ。 あと香港とバンコクが混ざったような舞台に、アジアンテイストのテーマ曲(?)がよく合っている。

そして何より草薙素子。

漫画版と比べるとグッとリアルに寄っているようで、しかしリアルにはそうそういない見た目の素敵サイボーグ。 視線誘導を企むあれこれに、判っていても視線を誘導されてしまう。 そんな心の内を見透かすような、無機質な瞳がまた良い。 常時ネット接続で検索も自在。 欠点は重たいことぐらいじゃないだろうか。

総じて小物も良くできているのだが、キー入力のシーンは、毎回ちょっと笑ってしまう。 指がパカっと割れて、大量かつ高速にキー入力できるやつ。 後頭部にケーブルを挿してネットに接続する技術があるのに、なんでここだけメカニカルなインターフェースなのか。 ケーブル挿せよと。

でも改めて考えてみれば、あれはあれで意味があるのかもしれないな。

まずはセキュリティ。

他人の電脳に侵入して支配する 「人形使い」 なんて存在を捜査してる状況だが、そんな相手でなくても、ケーブルで繋げることは侵入経路を増やすリスク要因だ。 オペレーターへの侵入、オペレーターからの侵入、どちらの方向に対しても。 それが軍や警察のネットワークに繋がる作戦指揮システムなら尚の事、リスクは避けるべきだろう。

キー入力なら外部から視認できるという点も、リスク低減になるかもしれない。 ケーブル繋げられると、何を入出力しているか解らないからね。

安価な義体しか買えない層の救済的雇用という面もあるのかも。

少佐やバトーのような全身義体化、それもかなり高性能なやつなんて、一般人にはきっと無理。 貧乏人が保険の範囲でできる義体化なんて、脳の一部と手ぐらいだったりするのだ。

そうした人たちを社会から排除しないように、官公庁や企業に一定の枠で雇用することが義務化されている。 なんて設定があってもおかしくない。

すぐに思いつくのはこんなところ。

そうそう、終盤の蜘蛛型戦車との戦闘シーンの舞台だが、どこかで似たようなものを見た気がして、ずっと気になっていた。 それが 天使の卵 だと、さっき気付いた。 あれも確か押井守監督作品だったよな。